第35話 決心
朝のドタバタを終えて、土曜の昼間のリビングは静寂な時を取り戻していた。
親父と母親は土曜日も仕事なのでいつも通りの時間に家を出て行った。自営業は自分たちでやらなければならない仕事が多いため、どうしても土曜日も出勤しないと仕事が回らないそうだ。本当にお疲れ様です。
一方の弥生も、俺が中学まで通っていた中高一貫校に通っており、進学校としても名が通っているので土曜日も普通に授業がある。まあ、授業は午前中までで午後は部活動が中心なのだが、弥生曰く『部活がたくさん出来るから、土曜日が一番好き』とのことだ。
というわけで、俺は一人寂しくこうしてリビングのソファーで寝っ転がりながら読書をするくらいしかやることが無いのだ。一人でこうして家に一人何もしないでいると、なんか落ち着かない。
高校の時も土曜日は授業が無く基本的には休みだったのだが、部活動をしていたこともあり結局は土曜日も学校へ登校していたので、実質日曜休みだった。
なんなら、日曜日も練習試合などで他校へ遠征にし行ったりとかしていたので、実質週ゼロだ。どこのブラック学校?と思ってしまいそうである。
ふと時計を見ると、時刻は午前11時を回ったところだった。
俺はお昼ご飯を買いに行くがてら、久々に近所を散歩してみることにした。
外に出ると、梅雨入り前のここ近年の猛暑日といった感じで、強い太陽の陽ざしがこれでもかと照り付けていた。
そんな猛暑の中、俺は家の周辺を散策する。
意外と住んでいても一つ路地を入れば、新たな発見をするものである。
『ここの家、建て替えたんだなぁ』とか『こんなところに飲食店が出来たんだ』とか、時が流れてるんだなということを実感することが出来る。
そんな散策を続けていると、俺はとある場所へとたどり着いた。
そこは、時が止まっているかのように時代に取り残されたような木造2階建ての住宅で、他の家よりも少し奥まった場所にあり、中々外からだと見えずらい。だが、近づいてみると、窓ガラスが割れ、中はけむったい埃の空気感があり、だれも住んでいる様子を感じられない家。
小学校の同級生で、俺が一目ぼれした女の子。藤野春海(ふじのはるみ)の実家だ。
俺はその藤野春海に約5年ぶりに突如として再会したのだ。
あの日、藤野春海と奇跡のような再開を果たした時、藤野春海が言っていた言葉を思い出す。
「そうね。忘れようとしても忘れられるわけがない。だって、あの一件で家族のすべてを壊したんだから…」
「でも…私はもう過去は振り返らない。だって、お父さんが折角こっちに私を戻してくれたんだもん!私は新たな藤野春海として生まれ変わる」
藤野春海は、過去は振り返らず新たな藤野春海として生まれ変わるといっていたが、彼女の心の中には重い傷が刻み込まれている。その傷に蓋をして前を向くことは至難の業だ。
一度、彼女はこの場に来て、過去と向き合ってから過去に蓋をせず、過去を糧にして前に進んでいった方が彼女の今度の人生において、いいのではないか?
そんなことを思ってしまう。
だが、俺は藤野春海にとっては懐かしの小学校の同級生の友達の一人にすぎない。
藤野春海には、もっと家族以上の・・・・・・または、それに匹敵する誰かに言われないと心が動かない気がした。それくらい、彼女の決心は固いように俺には見えた。
でも、俺は諦めたくなかった。一度好きになった女の子には、幸せな人生を送って欲しいから。
俺が動くことで藤野春海を帰って不幸せにしてしまうかもしれない。むしろ、彼女にとっては今のままが幸せなのかもしれない。
ただ、自分が思い返している過去を美化したいだけなのかもしれない。
だけど、自分勝手だと分かっていても、俺は動く決心をしたのであった。
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