第34話 羽山家の日常と最低な女
西城さんの家を後にして、始発電車で俺は自宅へと帰った。
特にこれと言って予定はなかったのだが、これ以上西城さんの家にいることがいたたまれなかった。
電車を乗り継ぎ、家に着いたのは朝7時を回ったところであった。
「ただいま~」
リビングに入ると、既に起床していた家族が俺を出迎える。
「おかえり弥起」
「お兄ちゃんおかえり! 今日は朝からお祝いだよ!」
エプロン姿の母親と制服姿の妹の弥生が待ってましたというように二人とも満面の笑みを浮かべている。そして、テーブルの上には本当にお祝いごとのようで赤飯が炊かれていた。
「お祝い? なんの?」
「そりゃもちろん。弥起の卒業祝いよ!」
そう言ってのける母親。
「でも、なんでこんな時期に?」
確か高校卒業祝いは、弥生の中学卒業祝いと一緒にしてもらったはずだが……
「私も先週までは光すら見えてなかったお兄ちゃんに、まさかこんなに早く出来るとは、さすがの弥生もびっくりだよ」
ん? なんのことだ??
「ごめん、なんの卒業祝い?」
「何って、そりゃあんた・・・・・・」
「お兄ちゃんの童貞卒業のお祝いに決まってるじゃん!」
「……は?」
訳の分からないことを言われ、俺は間抜けな声を出してしまう。
そして、ようやく頭の中で状況を理解してきたところで・・・・・・
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?????」
っと朝っぱらから地響きのような大声を出してしまう。
「ちょっとお兄ちゃんうるさい。どうしたの?」
突然の大声に、耳を塞いでいた弥生が尋ねてくる。
「どうしたも何も! 確かにオールして朝帰りにはなったけど、全然童貞卒業とかじゃないからね!?」
「えぇ!?!?」
「あら、そうなの?」
弥生と母親が残念そうな表情を浮かべる。うちの女性陣は、オール=異性と一夜を過ごすという考えしか持ち合わせていないのか?
「てか、父さんも何か言ってやってくれよ!!」
今まで空気のように存在感を消して一人腕組みをしてテーブルの定位置の席に座っていた父親に助けを求めるように振った。
俺の問いにようやく組んでいた腕を話して机の上に置いて咳ばらいをする。
「まあ、卒業できなかったのなら残念だ。うむ、非常に残念だ・・・・・・///」
顔を赤らめながら恥ずかしそうに言う父親。
だれもお前の恥じらい顔なんて見たくねぇんだよ。
ってか、お前も女性陣と同類か!
「な~んだ、違うのか残念」
弥生が口をとがらせて不満そうな顔をしている。
「そうね、もとはと言えばお父さんが『朝帰りは9割が女』とか言うから」
元の元凶は親父だったのかー
俺は未だに顔を逸らし続けている親父に鋭いイ視線を送る。
父親は一つ咳払いをしてから口を開ける。
「ま、まあ普通に遊んできたなら仕方がない。楽しかったようで何よりだ。今度からオールするときは何処へ行くのか事前に報告してから行きなさい」
「お、おう・・・・・・わかった」
一瞬俺は箱入り娘か!と色々と突っ込みたくなったが、まあオールするかしないかくらいは次から連絡の一つは入れてあげよう。
ほら、朝ごはんの準備とか母親に色々家事の面で迷惑がかかるし??
場所は適当にそこらへんのカラオケだとかアミューズメントパークだとか言っておこう。
こうして、朝から羽山家は親父の勘違いで賑やかな食事となったのであった。
◇
いい匂いに誘われるようにして、私は目を覚ました。
はっとなり、ばっと起き上がると、キッチンで調理をする一人の女の子の姿があった。
その女の子は、こちらを振り返ると、優しい笑みで私を見つめた。
「あ、愛奈ちゃん起きた? おはよう」
その女の子の名前は西城美月。私がこのたび入ることになったサークルの友達で、中学の頃の同級生やおやおこと羽山弥起の好きな人である。
「おはよう美月ち・・・・・・あれ? やおやおは?」
辺りを見渡してもやおやおの姿は見受けられない。
窓の外からは、太陽の光がさんさんと照り付け、部屋の中へ差し込んでくる。
雲一つない綺麗な青空が広がっていた。
「羽山くんは用事があるっていって、先に帰ったよ」
「あのバカ・・・・・・帰るときに私も起こしなさいよ」
「ううん、私が起こすのをやめたの。愛奈ちゃん気持ちよさそうに眠ってたし」
そう言って、お盆に何か完成したものを乗っけてこちらへ持ってきた。
「でも、勝手に上がり込んでおいて申しわけないし……」
「それに!」
私の言葉を遮るようにして、西城さんはお盆をテーブルの前に置いた。
お盆にはお味噌汁が乗っかっていた。豆腐と油揚げというシンプルな具材の味噌汁だが、いい匂いと湯気が漂っていておいしそうだ。
「私一人暮らしで、中々休日にいてくれる友達いないから、せっかく同じサークルで仲良くなった愛奈ちゃんともっと仲良くなりないな!なんて、えへへ・・・・・・///」
恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる美月ち。
こりゃやおやおが好きになる気持ちもわかる気がした。こんなに素直で表裏が無い垢ぬけてない女の子も珍しい。
私が男だったとしても守ってやりたいという気持ちが出るだろう。
「はい、二日酔いで疲れてるから優しい食べ物がいいかなと思って」
そう言いながら、美月ちはみそ汁と端を私の前のところにおいてくれた。
「ありがとう・・・・・・いただきます」
お椀を手に取ってズズズっとみそ汁と啜る。
「……美味しい」
「よかったぁ~」
美月ちは、安心したような表情を浮かべる。
こんなにおいしい料理も作れるなんて。
それに比べて私は・・・・・・
美月ちに敵う所がなく余計自分がみじめに思えてくる。
自分に嫌気が差してきて、思わず美月ちに突拍子もないことを聞いてしまう。
「ねぇ、美月ち」
「ん、何?」
「美月ちってさ、やおやおのことどう思ってるの?」
彼女の悪い所を少しでも見つけ出そうとしたのかもしれない。この時点で私は最悪な女だ。
だが、彼女の反応は予想外のものだった。
「へ!?///// ど、どどどうして羽山くんのことなんて急に!?!?」
あっ・・・・・・しまった。
この時、私は選択肢を間違えてしまったのだ。こんな動揺している美月ちの反応を見てしまったら、嫌でもわかってしまう。
私は誤魔化すようにしてうわべっつらの笑いを浮かべて弁明する。
「いやぁ……なんというか、やおやおと美月ちっていつも一緒にいて随分と仲いいんだなぁと思ったから」
「あ、あははは・・・・・・そんなことないよ。ただ、同じ学部で最初の席が近かっただけで、仲良くなったのは偶然ってだけで!」
「でも、やおやおのこと好きなんでしょ?」
「っ・・・!!/////// そ、それは・・・・・・うん/////」
顔を真っ赤にして認めちゃう美月ち。ほら、もうこの時点で可愛い。
「そっか……」
私はただそう答えて作ってくれたみそ汁を啜る。
「あのぉ! 愛奈ちゃん、このことは内密にお願いします。特に羽山くんには・・・・・・」
「あぁ、わかってるって! 結構こうみえても私口は堅いからさ」
「ありがとう、信用してるね愛奈ちゃん!」
ここまで素直だと、逆に変な勧誘とかに騙されないかとかこっちが心配になってきてしまう。
まあでも、そんな素直な女の子を騙してる最低な女は私の方か・・・・・・
私もこのくらい人を信頼していれば、あの時やおやおと付き合うことが出来ていたのだろうか?
いや、それはもうできないことだ。だって私は、あの時から上っ面の自分を作り上げてしまったのだから。
ぼんやりと窓の外に上る朝日の光を眺めながら、私はズズズっと温かいみそ汁を啜った。
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