第3章 過去払拭編

第36話 図書室の妖精

 関東も梅雨入りが発表され、どんよりとした梅雨空が続いていた。


 こういう時は、外に出て濡れるよりも建物の中でじっとしているのが先決な判断である。


 授業終わり、俺は大学の図書館で本の整理をしている西城さんの姿をぼおっと眺めていた。髪を後ろで結んでまとめ、白いブラウスにジーンズ姿で黒いエプロンを身に着け、本棚を見ている姿はとても様になっている。西城さんにとって、このアルバイトは天職なのではないか、図書室の妖精ではないのかと勘違いしてしまいそうなほど輝いて見えた。


 図書館のアルバイトは、結局西城さん一人でやることになった。俺はまた別のアルバイトを探している最中である。


 そろそろ本格的にアルバイトしないとお財布事情がまずいので本格的に探さないとと考えていると、作業を終えた西城さんがかごをもってこちらへと歩いてきた。


 俺が小さく手を振ると、西城さんも俺の存在に気が付いて、ぱぁと顔を明るくして手を振ってくれた。


 なんか、こういうのいいよね。バイトの彼女を待ってるみたいな感じで! まあ、実際は付き合ってないただの友達なんですけどね。


 裏のスペースに姿を消していく西城さんを眺めながら、ふと俺は思った。

 西城さんって俺のことどう思っているのだろうか?


 今まで気になっても聞き出すタイミングというか、そう言うことを話す機会がなかったからなし崩し的にここまで来ちゃってるけど、俺の事どう思ってるんだろう?


 まあ、さっきみたいに手を振り返してくれたし、悪くは思われてはいないんだろうけど、恋愛感情がそこにあるかと言われると、分からない部分があった。

 今度わんやりと聞いてみてもいいかなぁ・・・・・・ほら、そろそろ大学生活も始まって四半期が経とうとしてるわけだし?



 そんなことを一人で考えていると、座っている机の向かい側に誰かが座る気配を感じた。


 顔を上げると、そこに座ったのは透き通るような透明感あふれる美少女がいた。

 高校時代告白して振られた少女、浜屋莉乃こと野方莉乃だ。

 ひょんなことから再会を果たしたのだが、これまた向こう側の提案で高校時代の関係性は一旦リセットし、先輩・後輩として仲良くしていこうということになっている。


 野方はこちらをチラっと見ると、ニコっと微笑みを浮かべた。

 俺がペコリとお辞儀を返すと、満足したのか野方は視線を机の上に広げたノートに戻した。


 辺りを見渡すと、図書館の中はさほど混雑してはおらず、一人で広々と使える机がいくつもあるのに、なぜ彼女は俺のところに座ってきたのだろうか?


 疑問に思っていると、野方は鞄から何やらメモ帳のようなものを取り出して、ボールペンを手に掴んで何やら書き始めた。

 そして、チラっとこちらを見ると、ベリっとメモ用紙をリングから剥がしてその紙きれとなった一枚をすっとスライドして渡してくる。


 俺がその紙を受け取ると、そこには何とも言えない内容が書かれていた。



『あの子と付き合うことにしたんだ』


 いや、付き合ってないんですよそれが・・・・・・


『はい、そうなんですよ!』


 と書きたかったが、西城さんに変な噂が回って迷惑を掛けたくはなかったので、事実を書いて渡す。


『いいや、付き合ってませんよ』


 その紙を見て、野方莉乃は驚いたようにこちらを見上げた。


「ありゃ、それじゃあ愛奈さん?」


 書くのが面倒くさくなったらしく、小声で聞いてきた。


「いや、あいつとも付き合ってないですよ」

「え? それじゃあ、どちらとワンナイトを過ごしたの?」

「はい?」


 何言ってんだこの人は?


「だって、新歓の後美月ちゃんと愛奈さんと一緒に仲良く帰ったって聞いたけど? どちらかをお持ち帰りしたんじゃないの?」

「なんでそう言う発想になるんですか?」


 今どきの人は、大学生のイメージってみんなそう言う感じなの?

 妹と考えていることが全く同じだよこの人。


「随分と仲いいみたいだったし、お酒の力を借りてどちらかを堕としたのかなぁって、ちょっと気になったから」

「堕としてません。酔いつぶれた西城さんを家に送って、それで・・・・・・」


 俺はその後、西城さんの家に泊ったんだよなぁ・・・・・・


「それで?」


 俺が言葉に詰まったのをいいことに、野方はニヤニヤとした笑みで食い込んでくる。


「た、ただ西城さんを家に送って、そのまま普通に帰りましたよ。それだけです! 二人はただの友達です」


 そう言い切ると、ふぅ~んと言いながら野方莉乃は何やら納得したような表情を浮かべている。


「な、なんですか?」

「ん? いや、羽山くんも色々と大変だなぁと思いまして?」


 絶対にからかってる。顔が笑ってるもん。


 俺が顔を引きつらせて眉をひくひくとさせている時だった。

 図書館に大きな通る声が響き渡った。


「あれ? やおやおじゃん! やっほ~」


 振り向くと、そこに現れたのは噂のお方、津賀愛奈だ。

 津賀は俺の隣にいる女性を見て一瞬顔をひきつらせた。


「あっ・・・・・・野方先輩、こんにちは」

「こんにちは愛奈ちゃん」


 何だろう、すごいバチバチと火花が散ってる気がする。

 しばらくいがみ合った後、野方莉乃はすっと視線を逸らして、荷物をまとめ始める。


「それじゃあ私はこの辺で、またね羽山くん」


 バッグを肩にかけて、俺に向かって手をひらひらと振ると、一瞬津賀の方を睨みつけてから野方莉乃は出口の方へと歩いていった。



 そして、姿が見えなくなると、入れ替わるようにして津賀が俺の隣に座ってきた。


「野方先輩と何話してたのやおやお? ってか、いつからそんなに仲良く??」

「べっ、別に仲良くはねぇよ。ここで自習してたらたまたま会って声かけられただけ」

「本当に?」


 津賀が訝しむような目で睨みつけてくる。


「ほ、本当だって……」


 俺は視線を逸らしながらもそう答える。


「そっか!」


 すると、津賀はぱっといつもの明るい表情に戻り、隣の机に荷物を出し始める。どうやらここで一緒に自習するらしい。


「あ、そういえばさ、やおやお」

「ん、なんだ?」

「夏休みの予定とかって、もう決まってたりする?」

「夏かぁ・・・・・・」


 鷹大は七月後半から八月の上旬にかけてテストがあり、それが終わると夏休みに突入する。

 大学生の夏休みは長く、九月下旬までずっと夏休みだ。


 学生の頃も夏休みはあったけど、ほとんど部活で忙しかったからなぁ・・・・・・自分の時間に充てられる夏休みは初めてかもしれない。去年の夏は大変だったしなぁ……おっといけないいけない。去年は受験で絶賛猛勉強中で地獄の夏休みだったんだ。

 やべぇ・・・・・・思い出したら吐き気がしそう。


「いや、特に決まってないかな」


 俺は苦笑いしながら津賀にそうに答える。



「そっか! ちなみにやおやおは車の免許って持ってる?」

「まだ持ってないけど、なんで?」

「いや、実はちょっと遠い所に行きたくてさ、免許持ってる人探してたんだ!」

「あぁ、そういうこと」

「そうそう、そういうこと! ってことで、またちょっと行きたいところがあるから、やおやお一緒に行ってくれない?」

「いや、話が唐突過ぎだろ。まあ、別に構わないんだけどさ。で、どこいくんだ?」

「え!? そ、それは・・・・・・まだ内緒と言いますかなんというか・・・・・・」

「??」


 いつもなら目を輝させてがつがつと言ってくるはずだが今日は歯切れが悪いというかなんというか津賀らしくない。俯いて頬を少し染めながらチラッチラっと何度も俺を見てくる。


「な、なんだよ・・・・・・」


 居心地が悪かったので怪訝な表情で尋ねると、津賀は驚いたように顔を真っ赤にした。


「へ!? いやぁ別になんでも!///」


 手を胸の辺りでブンブンと振って何でもないと言う津賀。だが、何でもないといってちらちら見てくる奴を今まで見たことがない。

 そして、また少ししおらしくなって身体を縮めて上目づかいでこちらを見つめてくる。


 うっ・・・・・・ってか、その上目遣いは反則。

 津賀の恥じらうような仕草に思わず俺まで視線を逸らしてしまう。


 なんか、明らかに津賀の様子がおかしいが、問い詰めるタイミングを逃してしまった。まあ時期にいつもの津賀に戻るだろう。そう判断してこれ以上深掘りはしないことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る