第21話 初恋の女の子
次の日、俺は大学を休みたかったのだが……弥生に叩き起こされ、強制的に家から追い出された。
クソ……別に1回くらい休ませてくれたっていいじゃねーか。
人間、時には家に閉じこもってリフレッシュすることも必要ですよ。
とにかくだ、昨日の浜屋莉乃との出来事のせいでほとんど眠ることが出来なかった。おかげで、今日は授業が全然頭に入ってこなかった。
徹夜とか久しぶりにした気がする。受験期は体調管理も受験のうちと親に言われ、徹底的に睡眠時間も管理されていたので、約1年ぶりに徹夜したわけだが……
徹夜ってこんなにきつかったっけ!? もっと高校生の時とかは、眠かったけどもっとこうテンションが可笑しくなって、変な言動、見るものすべてが面白おかしく感じてしまうような感じになって、むしろ高揚感すら湧いていた気がするが……
今はただただ眠気と頭がじーんと痺れるようなどんよりとした虚無感しか感じられない。
「羽山くん、大丈夫?」
はっ、となって気が付いた時には、食堂で向かい側に座って心配そうに俺の様子を伺う西城さんに声を掛けられていた。
「あれ? さっきまで授業受けてた気が……」
辺りをキョロキョロと見渡すが、どこからどうみてもここは食堂だった。
「授業終わって今は空きコマだよ。羽山くん今日ずっとぼおっとしてて変だよ? やっぱり昨日何かあった?」
「いや、大丈夫大丈夫! 気にしないで!」
西城さんにも心配かけるわけにはいかないと、俺は無理やり笑顔を作って見栄を張って見せる。
「そう?ならいいんだけど……」
しかし、そう言う西城さんの表情は暗かった。どうしたのかと様子を伺っていると、しゅんとした顔で口を開いた。
「羽山くんは、結局サークルは入らないんだよね?」
「え?」
そう言われ、驚いていると西城さんは話を続ける。
「だって、昨日羽山くんあれから戻ってこなかったし、やっぱり無理して私についてきてくれてたのかなって……それなら謝らないといけないなって」
「いや、そんなことは……」
西城さんが言っているのは、昨日の映画製作サークルの『体験会』のことだろう。俺は昨日、『ちょっと一旦抜けるね』と西城さんに言い残して、浜屋莉乃を追いかけていき、そのまま『体験会』に戻らなかったのだ。
つまり西城さんは、俺が『体験会』がつまらないと判断して一人抜けて早々と家に帰ったと勘違いしているようだ。まあ、浜屋莉乃との事情を知らない西城さんにとっては、あの時の状況だけを見るとそう捉えられても仕方ないだろう。
「でも、羽山くん元々あんまり乗り気じゃないみたいだったし。新歓の時も、終わった時浮かない顔してたし、やっぱりあんまり良くなかったのかなって……」
「違うんだ! これには深い訳が……」
「お、やおやおと美月ちゃんだ!やっほ~」
言い訳をしようとした時、俺と西城さんに間に割って入ってくる明るい声が響いた。
声の方を向くと、手を振りながらこちらへ向かってくる津賀愛奈の姿があった。
「ん? どうしたの二人とも、こんな怖い顔して?」
俺と西城さんのただならぬ空気感に気が付いてなのか、津賀が不思議そうな表情で聞いてくる。
「愛奈ちゃん、これはその・・・・・・」
西城さんが苦笑しながらアタフタしている。
というか西城さんが津賀のことを『愛奈ちゃん』と呼んでいることが気になった。
「あぁ、昨日の『体験会』で仲良くなったの。やおやお昨日途中で抜けていなくなっちゃったもんね」
俺の考えを知ってか知らないかは定かでないが、俺の疑問に答えてくれる。
仲良くなった経緯を説明してから、津賀は思い出したように話し出す。
「あ、そうそうやおやお! 私あのサークル入ることに決めたわ!」
「えっ、あのサークルってもしかして・・・・・・?」
「映画製作サークル! 文科系のサークルってノータッチだったんだけど、結構面白そうだったんだよね! やおやおはどうするの?」
津賀と西城さんの視線が俺に集まった。
俺は始め、このサークル活動を浜屋莉乃に近づくための口実として利用していたのは事実だ。だが、いざサークル自体が楽しいかと言われると・・・・・・・
俺はチラチラと西城さんの様子を伺う。西城さんは俺の返答を不安そうに待っている。
すると、その背後で津賀愛奈が俺にアイコンタクトを送るかのようにウインクしていた。もしかして、こいつ……
そうなったら、利用させてもらう手はなかった。西城さんを悲しませないためにも。
俺はゴクリと飲み込んで意を決して話した。
「入ろうと、思ってる」
「そっか!」
お気楽な返事を返す津賀と、驚いたような表情を浮かべる西城さん。
「昨日は、ちょっと知り合いから急に連絡が来て、ちょっと相談に乗ってくれないかって言われたんだ。それで、途中で抜けてそのままって感じで……申し訳なかった」
俺が深々と西城さんに向かって頭を下げる。
「そうだったんだ……」
西城さんはどこかほっとしたように胸を撫でおろす。
「でも、それならちゃんとそう言ってほしかったな。ほら、私たち隠し事するような関係じゃないでしょ?」
「そうだね、今度からはちゃんと言うよ」
「うん、ありがと」
そう言って、優しい微笑みを浮かべている西城さんは、少しうれしそうな表情をしているように見えた。
「よしっ、それじゃあやおやおがサークルに入ることも決まったことだし! これからもよろしくね、やおやお、美月ちゃん!」
「うん、よろしくね愛奈ちゃん」
津賀は再びチラっと俺の方を見て、含みのある笑みを浮かべた。
これは、今度津賀に何かおごってやらないといけないな……
そんなことを思っていると2限の授業がもう少しで終わろうとしていた。
「そろそろお昼食べよっか」
「そうだね」
「私も一緒に食べて言い?お弁当だけど」
そんな会話をしつつ、津賀が西城さんの隣の席を陣取り、俺と西城さんは食券を買いに席を立って券売機へ向かう。
もちろん西城さんはカレー。俺はなににしようか悩んだ挙句、生姜焼き定食を選んだ。俺と西城さんは各コーナーに分かれて受け取りレーンへ向かう。
「お願いします」
俺が食堂の人に手渡すと、その食券を受け取ったのは、新人の藤野さんだ。藤野さんは、食券を見た後、チラリと俺を見てしばし固まった。だが、すぐに我に返ったようで「少々お待ち下さい」と言って準備を始める。
お腹が空いているせいか、徹夜明けにもかかわらず目が冴えてきていた。
藤野さんも仕事に慣れてきたのか、最初の頃よりも手際よく用意していく。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
トレイに乗せられたご飯とみそ汁、メインの生姜焼きとサラダが乗ったお皿に漬物が添えられた定食が手元に置かれていた。とても食欲をそそられる。
俺はトレイをもって、箸やスプーンが置かれているスペースへ向かおうとしたその時だった。
「あのぉ!」
甲高い声で、誰かに呼び止められる。
振り返ると、食堂の中から藤野さんが俺に向かって叫んでいた。
なんだろう?何か渡し忘れでもしたかな?
そんなことを思っていると、藤野さんが恥ずかしそうにしながら言葉を口にした。
「羽山……羽山弥起……だよね?」
「えっ……」
驚いて目を見開いた。俺は彼女に名前を教えた覚えはない。
だとしたら何故……ま、まさか……!?
彼女はつけていたマスクを外した。
小さな顔にうるんだ大きな瞳、すうっと通った鼻筋に形の良いぷるんとした唇。
その顔全体を見た瞬間。俺の記憶の奥底から蘇る一人の少女の姿。
いや、でもありえないだって俺の知っている藤野は……
潤んだ瞳で見つめる彼女は、美少女以外の何物でもなく、ただ俺だけを見つめていた。そして、俺が危惧していたことをついに口にする。
「私、覚えてる?藤野春海だよ。羽山……」
「藤野……春海なのか?」
俺が確認の意を込めて問い直すと、藤野春海はニコっと笑ってコクリと頷いた。
信じられない瞬間だった。それは一生で会うことが二度と無いはずだった再会が、今ここで現実のものとなってしまったのだから。
そこに現れたのは、正真正銘俺が人生で初めて恋をした女の子。そして、初めて振られた女の子、藤野春海だった。
だが、そんなことがあるはずがない。何かの間違いだ。
なぜなら、藤野春海は死んだ人間だから……
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