第14話 西城さんの優しさ

 歩いて10分ほど。スポーチャに到着した。

 俺たちは、西城さんたちの女性陣の着替えを待っていた。

 GWの休日ということもあり、多くの家族連れで混雑している。これは、相当待ち時間があるのではないかと心配になってくる。


「お待たせ!」


 すると、更衣室の方から着替えを済ませた西城さんと乙中が姿を現した。

 西城さんは白のシャツに紺のチャック付きのジャージとズボンを身に着け、髪を後ろで結んでいた。いつもより雰囲気が違うので新鮮味があって、これだけでも来てよかったと思える。

 乙中はピンクのシャツにフード付きのグレーのパーカーに白のパンツを身に着つけていた。こちらは、橋岡がジロジロと眺めていた。うんうん、いつも通りに戻ったな。


 その時、西城さんとふと目が合った。少し頬を染めて恥ずかしそうにしていた。


「そ、そんなにじろじろ見ないでよ///」

「あっ・・・・・・わ、わりい!」


 俺は咄嗟に視線を逸らした。

 二人の間に微妙な空気感が生まれる中。俺たちはまず、球技コーナーへと向かった。丁度運よくバスケットコートが空いていたので、軽く準備運動をしてからバスケを始めた。


 バスケ経験者が俺だけだったので、俺、乙中ぺアと船津、橋岡、西城さんチームで試合を開始する。

 橋岡は元運動部だったため、バスケは素人だが、流石の身のこなしで俺のドリブルを防ごうとしてきた。だが、俺はドリブルでボールを運び、橋岡を抜いてから乙中へパスを送る。


 乙中も運動経験があるようで、体のキレがあった。西城さんを華麗なステップで振り切り、俺が丁寧に出したパスを受け取ると、ゴールの位置を確信してドリブルを一つ突いて、レイアップシュートを見事に決める。


「ナイッシュー乙中」

「当然」


 俺と乙中はクールにハイタッチをかわす。


「ぐぬぬぬ……」


 橋岡が悔しそうにというか、羨ましそうに歯を食いしばりながら睨んでいた。


 橋岡チームの攻撃。俺たちは人数的に不利な状況なので、俺が前を守り乙中がゴール下付近を守ることにした。

 カッコいいところを見せようと、橋岡がドリブルで強引に突破して来ようとする。


 甘い!


 俺は橋岡がドリブルしてきたコースを完全に塞ぎ、橋岡のドリブルを阻止する。

 橋岡は、ボールを困り果てたように持ち、なげやりにゴール前へとボールを投げる。

 ゴール前には西城さんが立っていた。しかし、西城さんは突然飛んできたボールに驚いたのか反射的に身をかがめてボール避けてしまう。


「あ、ごめん西城さん!」


 投げた橋岡が申し訳なさそうに謝る。西城さんは大丈夫と苦笑いを浮かべた。


「……」


 しばらくバスケをして分かったのだが、西城さんは正直に言うとかなりの運動音痴だった。

 ボールを受けて砲丸投げのようにボール持ちリングに向かって投げこむが、力がなくボールがリングまで届かない。最終的には、全員が味方となって西城さんに一本でもシュートを決めさせようの会が始まり、ゴール前で何本も西城さんがシュートを打っては、こちらが歓声を送っていた。


 コートの使用時間が終わり、俺たちは外周の道へと出た。

 西城さんは既にぜぇ・・・ぜぇ・・・と息を荒げて、疲れ切っていた。ちょっといきなりハード過ぎたかな……


「ちょっと私、一回休憩・・・・・・みんなは楽しんでて、私はあそこのベンチで座ってるから……」

「かなりきつそうだけど、一人で大丈夫?」


 俺たちが心配して手を差し伸べようとするが、大丈夫だからと言って、西城さんはしんどそうにベンチへと歩いて行ってしまう。


 俺たちも顔を見合わせるが、西城さんが大丈夫と言っているので、言葉に甘えて次の競技のコートへ向かう。


 2つ目はテニスをやり、3つ目はフットサルをしていた。

 フットサルをしていると、俺も全身筋肉痛の疲労感が出てきた。


 チラっとベンチの方を見ると、西城さんが一人タオルで汗を拭っていた。

 まだ、フットサルコートの使用時間は残っていたが、俺は他のみんなに「悪い、一回休憩」声を掛けて、一人コートから退室する。


 俺は自動販売機で、スポーツドリンクを2本買って、西城さんがいるベンチへと向かった。


 西城さんは、息を整えて、疲れたようにぼぉっと前を見つめていた。

 そんな西城さんの頬に冷たいスポーツドリンクを押し当てる。


「はい、これ!」

「キャ!・・・・・・びっくりしたぁ・・・・・・」

「飲みな」

「あ、ありがとう」


 西城さんはほっと胸を撫でおろしてから、俺が差し出したスポーツドリンクを受け取った。

 俺も西城さんの隣に腰かけて、もう一方の手で持っていた自分用のスポーツドリンクのキャップを開けてごくごくを飲んだ。


「い、いただきます・・・・・・」


 ボソっとそう口にして、西城さんも受け取ったスポーツドリンクのキャップを開けてチビチビ飲み始めた。


「ふぅ~」


 冷たいドリンクが、喉から体全身にしみわたり、思わずため息が漏れる。


「ごめんね・・・・・・」


 すると、突然申し訳なさそうに西城さんが謝ってきた。


「ん? 何が?」

「その・・・・・・私運動音痴で体力もなくて、みんなみたいに沢山遊べないから迷惑かけちゃって」


 どうやら、自分が運動できないことを申し訳なく思っているらしい。


「別に気にすることないよ、誰だって得意不得意はあるんだし」

「でも、ここはスポーツをしに来るところだし・・・・・・私がいると足手まといだよ」


 貰ったスポーツドリンクを持ったまま、西城さんは俯いてしまう。

 もしかしたら、本当はスポーチャに来るのも嫌だったのではないだろうか?

 自分が足手まといになってしまうから。

 でも、ここでみんなが来るのに一人だけ行かないのは、他の人の気を悪くするのではないのか? 


 迷惑を掛けたくない。

 西城さんはそう思って言い出せなかったのではないか?

 無理をしてでも周りに合わせて我慢する。どこか遠慮しているのではないか・・・・・・


 確かに俺たちは出会ってまだ1カ月間もないかもしれない。だが、俺たちはもう大学生だ。


 何をするにも束縛がない自由な身なのだ。クラスという概念もないし、嫌なものは嫌だとはっきりということも必要だ。

 しかし、そういう相手に嫌な思いをさせたくないという優しさが、西城さんの中にはある。


 その優しさを守るためにも、折角来てくれたのだから西城さんにもこの場を楽しんでほしい、俺はそう思った。


「ここ、運動だけじゃなくて、ゲームセンターみたいな遊びが出来る場所も沢山あるんだ」

「え?」

「だから、今日はそっちに行って、みんなで沢山遊ぼうか」


 俺がいたずらっぽくそういうと、西城さんは驚いた表情を浮かべていたが、すぐに嬉しそうに笑って、「うん」っと頷いた。


「よし、じゃあ呼んでくるわ」


 俺はベンチから立ち上がって、フットサルを楽しんでいる他の3人を呼びに行った。


「ありがと、羽山くん・・・・・・」


 西城さんが何かを悟ったのかは分からないが、そうお礼をボゾっと言われたのが、俺の耳には鮮明に届いた。

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