第12話 これからも、よろしく!

 翌日は、ポカポカとした雲一つない絶好のお出かけ日和となった。

 朝の8時50分、俺は横浜駅前のJR改札口で津賀が来るのを待っていた。

 まだ、休日の朝ということもあり、普段よりも駅は空いているが、これから登山で出かけるのか大きなリュックを持ったご老人たちがガヤガヤと大きな声でおしゃべりに興じながら改札口へと歩いている。


 昨日はあれから、弥生にこっぴどく叱られた。お兄ちゃんが将来変な女の子に引っ掛からないか心配だとか……結婚詐欺に引っ掛からないか心配だとか……挙句の果てには喫茶店に誘われて変なツボを買わされないだろうかとか。


 最後には、肩をポンと叩かれて、どこか優しい眼差しで『ガンバ!』と励まされてしまった。

 いや、妹にまで同情される俺ってどうなの!?

 自分のみじめさに悲しみが込み上げてくる。


「おはよう、やおやお」


 そんなことを考えていると、ひときわ明るい声で津賀愛奈がやってきた。どうやらJR側ではなく地下鉄側から向かってきたらしい。


「よっ」


 俺が手を上げて津賀に挨拶を返して一瞥する。

 白のブラウスに紺のショートパンツ姿でやけた褐色色の脚をこれでもかと見せつけるような格好。まあ、津賀らしい何ともアクティブなスポーツ女子といったような感じだ。


「ごめん待った?」

「いや、俺も今来たところ」

「そっか」

「開店時間まで時間あるけど、並んでる人もいるかもしれねぇし、さっさと行こうぜ」


 そう言って、俺はさっさとみなとみらい線の改札口へと向かってしまう。

 津賀は慌てた様子で駆け足でついて俺の隣を歩く。


「そんなに慌てなくてもいいのに・・・・・・」

「何か言ったか?」

「べ、別に何も~」

「あと、その服装、似合ってるな」

「へ!?///」


 なんとなく言ってみたが、津賀は少し面喰ったようにして俯いた。


「言うの遅いし…///」


 津賀の表情をを窺うことは出来なかったが、耳を真っ赤になっているのが分かった。


「あ、ありがと・・・///」


 がやがやとする駅を歩いている中で、津賀のそんな声が聞こえてきたような気がした。





 やってきたのは、横浜で一番の観光地でもあるみなとみらい。

 みなとみらい駅の改札を抜けて、長い長いエスカレーターを登り切ったところにあるのが犬をモチーフにしたマスコットキャラクターショップ。スルーピータウンだ。

 お店への入り口はまだシャッターが閉まっていたが、既に待機列が作られており、男女のカップルが何組か並んでいた。


 俺たちもそのカップルたちの待機列の最後尾に並ぶ。ひとまずそんなに大行列が出来ていなくて安心した。


「これなら貰えそうだね」

「うん!限定品で初日だからもっと混んでるかと思ったけど、これから問題なさそうだよ~。朝早くから付き合ってくれてありがとうね!」


嬉しそうにはしゃぎながら、津賀は俺の腕を掴んでくる。


「お、おう……まあ俺ならいつでも・・・///」


いや、ここで流されてしまったどうする俺。これじゃあ、津賀にとって他の都合の良い男たちと同じだろうが!


 でも…あの笑顔で腕を掴んでくるのは反則だろ///

 こうやって何人もの男が津賀に騙されてきちゃったんだろうなと実感させられる。


 辺りを見渡すと、開店する前のお店に並んでいる俺たちを見て、なんだろう?とチラチラ歩いていく人たちがたくさんいた。

 道行く人たちから見たら、俺と津賀はカップルに見られているのだろうか。


だとしたら少し俺にとっては鼻が高いが、津賀にとっては迷惑になってしまうのであろう。

 俺も勘違いはしていない、元はと言えば津賀は俺のことを異性としては全く見ていないのだから。


「ねぇ、この後どこ行く?」

「え?」


 すると、津賀が突然この後の予定を聞いてきたので、口をポカンと開けてしまった。


「だから、限定品ゲットした後はどうしようかってこと! 昨日急に決まったし、ここに来る以外あまり考えてなかったから」


 まず、津賀からこの後どうする?と聞いてくる時点で俺は驚いていた。てっきり、この予定が終わったら、さっさと帰宅するのかと思っていたし。

 そんなことを思っていたとは言えるはずもなく、俺はどうしようかと思案した。


「う~ん、そうだなぁ・・・・・・」


 このあたりならば、ショッピングするならたくさんのお店があるし、近くには遊園地や観光施設が多く点在しているので選択肢は様々にある。だが、いざ津賀と二人で行くとしたらどこがいいのか全くいいアイデアが思いつかない。


「やおやおはどこか行きたいところないの?」

「え、俺?」


 行きたいところと聞かれて、最初に思い浮かんだのは、最近公開になった今話題のアニメ映画だ。

 万人向けではあるが、アニメ映画に津賀を誘ってもいいものなのだろうか。嫌悪感丸出しで嫌な顔をされないだろうか。そんなことを考えてしまうが、ふと我に返って気が付いた。


 そうだ、俺は別に津賀から恋愛対象に見られているわけじゃない。それならいっそここで嫌われようがどうってことないよな!

むしろ、大学で再会したのがラッキーくらいにしか思ってないんだから、もう相手に合わせるのはやめて思いっきり自分色を出そう!


 そう覚悟を決めた途端、もう何も怖くなかった。俺はポケットからスマートフォンを取り出して、見たい映画のホームページを開いて津賀に見せた。


「今気になってる映画があって。これなんだけどさ、見に行かない?」


 津賀は俺が見せたスマートフォンの画面を眺めると意外にも目を瞬かせた。


「あ! これ私も見に行きたいと思ってたやつ! いいよ、いこいこ!」

「えっ、マジ!?」


 こういう類のジャンルは、津賀には縁がないものだと勝手に思っていたが、まさかの好印象だったため驚いてしまった。


「何、その反応? あっ、もしかして私がこういうの見ないとでも思った?」


 俺の考えを見透かすように津賀が含みのある笑みを浮かべていた。


「うん、ちょっとそう思ってた・・・・・・」


 正直に答えると、津賀は得意げな顔で俺を見つめた。


「だから、人は見かけだけで判断しちゃダメなんだって! こういう趣味とかも、ようはお互いのフィーリングが大事なんだから!」



 なるほど・・・・・・

 俺はこの前言っていた津賀の言葉の意味を、ようやくきちんと理解できたのかもしれない。


 津賀は今までもこうして多くの男の人とデートをしてきたのだろう。そして、デートコースを考える際。津賀の見た目や、性格などから、固定概念に縛られて、男たちはデートコースを決めてきたのだろう。しかし、津賀本人はその固定概念を含んだデートプランと自分の趣味とのギャップに疲れてしまっていたのだろう。どんなに顔が良くても、趣味・嗜好が合わなければ、自分にストレスを感じてしまうということが・・・・・・


「ま、だから」


 津賀はさらに腕に身体を密着させながら、上目づかいで俺を見つめてきた。


「やおやおとは、これからも上手くやっていけそうだから、今後もよろしく!」


 そう言ってきた津賀の表情は、まだ俺が中学時代に何の疑いもなく彼女に恋をしていた時の、屈託のない笑顔に似ているように見えた。

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