第9話 高校の同級生、浜屋莉乃

 帰り道・・・しょんぼりと肩を落とす俺を、西城さんが慰めてくれていた。


「羽山くん、大丈夫?」

「うん・・・」


 西城さんは本当に心配そうに俺の様子を窺っていた。それだけでも本当ならば凄く嬉しいはずなのだが、今はショックが大きすぎて立ち直れそうになかった。



 ◇



 俺は浜屋の前まで歩み寄り、意を決して声を出した。


「あの・・・浜屋さん、だよね?」


 声を掛けると、浜屋はこちらを振り向いて、キョトンとしていた。


「俺だよ俺。羽山弥起。ほら、高校の時一緒だった!」

「高校?」

「え?莉乃の知り合い?」


 浜屋と一緒に話していた女性の先輩たちが尋ねると、浜屋は首を二度横に振った。

 そして、俺の方に向き直り、ニコっと微笑みながら言い放ったのだ。


「すいません、どちら様でしょうか?」



 ◇



 忘れているなんてありえない、あれは確かに浜屋莉乃本人だ。その事実は間違いないのに、高校の時あんな出来事があったにもかかわらず、それなのに俺の存在を忘れるなんて・・・


 俺ってそんなに彼女にとってはどうでもいい存在だったのだろうか?

 彼女に忘れられていたショックもあるが、一番のショックは今まで浜屋と関わってきた青春の出来事が幻で崩れ落ちていってしまったような感覚に陥っていることだ。

 しかし、あの出来事を思い出せば思い出すほど、彼女があの時のことを忘れるとは考えられなかった。だって、俺は高校時代彼女に『告白』したのだから・・・


 浜屋莉乃は、高校で歌姫の天使として絶大な人気を誇っていた。

 学内でもずば抜けた美少女だったので、何人もの男から告白を受けていたのは間違いない。

 そして、俺も彼らと同じように思い切って人生初めての告白をしたのだ。結果はご察しの通り玉砕。まあそれは仕方がことなのだが、だとしても俺のことを浜屋が忘れるとは考えにくい。なぜなら、おそらく俺は高校時代の彼女に告白した最後の人物なのだから・・・俺が告白をした翌週、彼女は突如として高校から姿を消してしまったのだ。



 何故学校から突如としていなくなってしまったのか知る者はおらず、学校中では様々な憶測が飛び交った。


『芸能事務所にスカウトされて、他校へ転校した』とか『歌唱力を磨くため、海外に留学した』などの美少女ならではの理由。

『不慮な事故で亡くなった』とか『実は両親が借金を抱えていたので夜逃げした』などの灘ならぬ理由や。

 挙句の果てには、『実は俺たちが見ていた浜屋莉乃は、学校に住み着いていた妖精で、本当は実在していなかった』という摩訶不思議なものまで出回ったのだ。


 だが、浜屋莉乃とは告白するまで仲良く話していたし、この手で触れたこともある。間違えなく高校に在籍していた。


 そして、2年弱という時を経て再び俺の目の前に現れた。しかし、再会した浜屋莉乃は、俺のことは覚えていないと言い放ったのだ。

 もしかしたら、高校時代の記憶は思い出したくないのかもしれない。そりゃそうだろう、だって彼女が高校を辞めたのは間違いなく俺の責任だから。

 だとしても、流石に『どちら様でしょうか?』は、精神的に来るものがあった。


 俺の心はずたずたに蝕まれて、もう瀕死寸前だ。


「ごめんね、羽山くん」


 すると、突然西城さんが申し訳なさそうに謝ってきた。


「えっ!?何が?」

「その・・・私が無理やり新歓に誘っちゃったから、本当は参加するのが嫌だったのかなって・・・」


 どうやら西城さんは、落ち込んでいる理由が自分のせいだと思っているようだ。今にも泣きそうな表情で俺を見つめていた。

 しまった!西城さんを勘違いされてしまった。俺は慌てて弁明する。


「そんなことないよ!サークルは雰囲気も悪くなかったし、誘ってくれてうれしかったよ!」

「そうなの?ならよかったけど・・・」


 そうだ、今日は西城さんに誘われて行った新入生歓迎会で偶然浜屋莉乃に遭遇しただけだ。


 ん?・・・まてよ?


 もし、浜屋がこのサークルに入ったとしたら、俺もこのサークルに入れば浜屋のことをもっと探ることが出来るんじゃないか?


 見た感じ、先輩たちと初めましてっていう感じでもなかったし妙に仲もよかった。

 それに、どこか新入生感が全くなかったのも事実だ。


 さらに言えば、俺はこの2年弱の間に浜屋莉乃の身に何があったのかは分からない。


「これは、もっと調べる必要があるな・・・」


 気が付いた時には、俺は顎に手を当てて考え込み、そう呟いていた。


「羽山くん??」


 隣では相変わらず西城さんが心配そうに俺の様子を窺っていた。

 俺はそんな西城さんの方へと向き直り、西城さんの手をばっと掴んだ。


「へっ!?羽山くん!?///」


 西城さんは恥ずかしそうに頬を染めているように見えたが、そんなことはお構いなしに、俺は覚悟を決めたような目で真っ直ぐ西城さんを見つめた。


「西城さん!俺、ここのサークル入るよ!」

「えっ?!」


 事の状況がつかめず、西城さんは面喰ってポカンと口を開けている。


「だから、俺映画製作サークル入る!」

「あっ、え?本当に?」

「うん!だから、よろしく西城さん!」


 俺がニコっと微笑み返すと、西城さんは少し苦笑しながら


「あっ、うん。よ、よろしく・・・?」


 と首を傾げながら返事を返していた。


 よしっ!これで、浜屋莉乃のことを調べることが出来るし、彼女に俺のことを思い出してもらうチャンスだ。


 俺は青春の記憶を取り戻すためにも、このサークルに入部して浜屋莉乃にもう一度近づいてみることを決めたのだった。

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