第7話 成長した津賀愛奈

 授業も終わり、みんなと別れた帰り道、ふとスマホを見るとLINEの通知が届いていた。津賀からの返事だった。


『だよね! それじゃあさ、ここのサークルとかやおやお興味ある?』


 その文面の下にはとあるチラシの写真が添付されていた。

 そこには、『フットサルサークル inside』と書かれたパンフレットだった。

 高校3年までサッカー部だったので、フットサルサークルはやぶさかではない。

 対して津賀は、サッカー経験はないが…まあなんでこのサークルに入りたいのかは大体の見当がつく。


「それで、どうだい? そのサークルの感想は?」


 すると、突然大学の建物の壁に寄りかかっていた女性に声を掛けられた。

 驚いてその女性に目を向けると…


「って、津賀じゃねーか」

「あはは!ごめんごめん。驚かせちゃった」


 テヘっと軽く笑いながら、こちらへ近づく。


「ちょっと、この後付き合ってよ。サークルの相談」

「えっ、なんで?」

「いいじゃん~みんなに振られちゃってやおやおしかいないんだよ。ね、お願い…///」


 津賀は目を潤わせて懇願するように上目づかいで俺を見つめて手を合わせながら頼んできた。俺はこういう手の押しに弱いのだ。


「…し、仕方ねぇな…今回だけだぞ?」

「ホントに!? ありがと~!!」


 嬉しそうに俺の手を掴んでブンブンと手を振る津賀。手を掴まれて少々胸がドキっとしたが、屈託のない嬉しそうな津賀の姿を見ていると、そんな胸騒ぎも収まり、段々と微笑ましい気持ちになってくるのだった。


 俺と津賀は大学内にあるコミュニティースペースに足を向けていた。

 向かい合った机に座って、津賀が持ってきたサークルのチラシを見ながら、どのサークルに行こうかと思案する。


「いやぁ~ごめんね付き合ってもらっちゃって。私の周りの友達みんな入るサークル決まっちゃったみたいでさ、やおやおくらいしか知ってる人でサークル決まってない人いないんだよね」


 そんなことを言いながら、バッグの中から何かガサゴソと取り出す。


「まあ、いいよ。俺もどうせ暇だったし」

「そかそか! それじゃあ早速、新歓一緒に行くサークルを決めよう!」


 そう言って、バッグの中から取り出したのは、透明なクリアファイルだ。その中には、大量のサークルのチラシが入っている。


「ってか、ちょっと待って」

「ん?どうしたの?」

「さらっと聞き逃したけど、なんで俺が一緒に新歓行くことになってるわけ?」

「えっ? 一緒に行ってくれないの?」


 いきなり見捨てられた子犬のような表情で津賀が見つめてくる。俺に興味がないのは分かっているのに、そういう表情をされるとつい怒気が弱まってしまう。


「いや…そのな、俺も予定というものがあるから…」

「お願い、やおやお。一人だと不安だし、やおやおが一緒に来てくれた方が安心できるし、心強いなって…ダメかな?」


 津賀は手を合わせて懇願するように上目遣いで覗き込んでくる。

 こんな美少女にそんな甘えられたようにお願いされてしまっては、断る余地は俺にはなかった。


「し…しょうがねぇな…俺もまだ入るサークル決まってなかったし、いいぞ」

「ホントに? ありがと!」


 屈託のない笑顔を浮かべる津賀。俺は昔からの知り合いでこいつの性格を知っているからいいものの、他の奴だったら絶対こんな頼まれ方をしたら好きになってしまうだろう。


「よぉーし!それじゃあ、一緒に新歓行くサークルを考えよう!」


 そして、いつもの調子に戻った津賀が、クリアファイルの中身を机にばらまき、サークル選びが始まった。



 ◇



 一通りのビラを見終わり、お互いによさそうなところをピックアップしていき、消去法で選んでいく。


「あ、ここのオールラウンドサークルもよさそう!やおやおはどう思う?」

「う~ん…ここよりはこっちの野球サークルの方がいいんじゃない?」

「えぇ~野球サークルは坊主ばっかりそうで嫌だ」

「謝れ、すべての野球球児に謝れ!」


 そんなやり取りをし終えて、ようやくひと段落が着き、俺たちは椅子の背もたれに寄りかかった。


「とりあえずはさっきのフットサルサークルに行ってみようかなぁ~」

「それでいいんじゃない?」


 どうやら津賀は俺に相談して、自分の中で納得が出来たようで、先ほど俺にLINEで送ってきたフットサルサークルの新歓に行くことに決めたらしい。


「にしても、どういう風の吹き回し? テニスサークルじゃなくていいのかよ?」


 津賀は中学生までテニス部で、この間聞いた話によると高校3年生までテニスを部活動として続けていたそうだ。なので、テニスをやりたい気持ちがあるのではないかと思ったのだ。しかし、津賀は少し難しい表情になってうなっていた。


「う~ん…なんていうんだろう?なんか、やっぱり私にとってテニスは真剣にやりたいことなんだよね。だから、サークルの人たちの雰囲気を見て、あっ、この人達はテニスを本気でやるというよりは、飲み会に参加しにサークルに来ているんだなって雰囲気が私には許せなかったんだよね」


 確かに、津賀の言うことも一理ある。俺も真面目な活動には参加しないで、飲み会だけ参加しに来る人にはどうしても同じサークルだとしても嫌悪感が湧いてしまう気がした。


「まあでも、新歓なんてどこもそんなものじゃないかな? むしろ、活動に参加してみて本気度を見た方がいいんじゃないの?」

「う~ん…でも、あんまりカッコいい人もいなかったし、あのサークルは入らなくていいかなぁ~」

「相変わらずだなお前…」


 俺は思わず顔を引きつるしかなかった。

 津賀のサークル選びの基準は、楽しみたいという理由もあるが、それよりもイケメンがいるかどうかが一番の判断基準になっているみたいだ。


 そう、これこそが津賀の本性。何といっても、男性に求める顔面偏差値の理想が高すぎるのだ。つまり、モテる男しか彼氏に選ばないのだ。


 中学時代風の噂で聞いたことがある。当時津賀と付き合っていた、学年で一番モテていたバスケ部のエースの菊田という男がいた。確かに人当たりもよくて、優しい性格だった菊田は、運動も出来て当時学年内で一番モテていた男子だった。

 もちろん、津賀は中学では学年一の美少女だったので、菊田もすぐに津賀のことを好きになり、気が付けば菊田が津賀に告白して見事OKを貰い。晴れて学年一の美男美女カップルとして噂になった。だが、付き合っている時も津賀は「菊田は優しいけど、全然イケメンじゃない」と周りに嘆いていたそうだ。


 そんな津賀の性格を思い出し、憐れむように見つめていると、津賀が悪気のないようにに答える。


「別にイケメンの男をカッコイイと思うのは当たり前でしょ?」

「いや、まあそうだけど…」


 それでサークル決めるのはどうかと思うぜ・・・とは怖くて言えなかった。

 そんな毒舌なことをケロッと言ってのける津賀。恐ろしい子…!


「まあでも、イケメンにはちやほやされるだけでいいから・・・」

「…」


 そんな言葉をボソっと呟いた津賀。俺は口を開いて驚愕した。というよりは意外だった。昔の津賀なら、イケメンの彼氏を作って、なんなら玉の輿を狙うまである女だったのに…


「どうしたの?」


 俺がぽかんとして津賀を眺めていたので、津賀は不思議そうに首を傾げていた。


「いや、てっきりイケメンの彼氏を作るのかと思ってたから…」

「あぁ…」


 津賀は少し困ったように苦笑いしつつも、真っ直ぐとした目で俺を見つめた。


「まあ、やっぱり彼氏はフィーリングの合う人がいいかなって…」


 今まで俺が知っている津賀愛奈からは信じられないセリフが出てきたので、俺は言葉を忘れ、ポカンと口を開けて見つめることしか出来なかった。しかし、俺が知らない3年間の間に津賀も恋愛に対して一つ大人に成長した、そう感じ取ることが出来た。


 この時俺は、大人になった津賀愛奈という女の子に少し興味を持ち始めていたのかもしれない。俺が離れていた期間に彼女の心境の変化がなぜ起こったのか? 彼女のことをもっと知りたい。そんな胸を締め付けられるような感覚が芽生え始めていたのだった

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