第6話 新歓へ行こうよ

 席に戻ると、幸せそうな笑みを浮かべながら注文したカツカレーを頬張る西城さんと、無表情でロボットのように口に次々と食べ物を運んでいく乙中と、「うぇ…昨日の残りばっかり」と愚痴を零して、家から持ってきた弁当を食べている船津という、カオスな空間が広がっていた。


「ふぅ~」


 俺はわざとらしくため息をつきながら席に戻ると、やっと帰ってきた~というように船津が語りだす。


「聞いてくれよ、やお!乙中のやつ、明日みんなで行こうって言ってた新歓、ぶっちするとか言い出したんだけど!」

「え? 乙中、行かないの?」


 俺が乙中の方を向いて聞き返すと、コクリと頷いた。


「なんか行く気分じゃなくなっちゃった」

「お前な気分で物事決めるなって言ってるだろ……」


 船津が乙中に注意する。乙中は生粋の気分屋で、なんか違うな~とか、行きたくないなぁ~とか思うと、ひょいと授業をさぼったりする。


「そんなの私の自由じゃない」

「だけどよ、少しは周りに合わせるとかそういう努力をしろよ…」

「はいはい~わかってますって」

「お前な……」


 船津と乙中が口喧嘩を始める中、相変わらず西城さんは頬を抑えながら至福の笑みを浮かべてカツカレーを堪能していた。


「まあまあ、二人とも落ち着いて! 乙中も色々と思うところがあるんだろうし、今回は4人で行こう。な?」

「うん、まあ、やおがいいっていうならいいけど……」

「さすが弥起。まだ知り合って短いのに、私の事分かってる~」

「いや、お前はやおに謝れ」

「いいよいいよ、別に何も悪いことしてるわけじゃないんだから」


 俺が船津を宥めてから、今度は西城さんへ言葉を掛ける。


「ってことで、明日西城さん女の子一人になっちゃうんだけど平気?」

「…っへ!? 何?」


 やっぱり聞いていなかったか…まあ、あれだけ幸せそうにカツカレー食べてたらそうだわな。

 全員が苦笑しながら西城さんを見つめると、西城さんは何があったのか分からないといった様子で、キョロキョロと3人の顔を順繰りに見渡す。


「ただいま~」


 丁度そこに、購買部から啓人が帰ってきた。手にはビニール袋をぶら下げている。


「ん? どうした?」

「聞いてよ、橋岡くん。3人が私をいじめるの!」

「いじめてはない。私が明日の新歓行かないから、女子一人になっちゃうけど大丈夫って確認しただけよ」


 面倒事になる前に、渋々といった感じで乙中が自分で事の顛末を釈明した。


「あ、そういうことだったんだ! そっか、美央ちゃん来れないんだ、残念。でも、大丈夫だよ。私が行きたいって言った新歓だし!」


 西城さんは乙中ににっこりと微笑んで平気だよと言わんばかりの表情を浮かべた。


「ってことで、明日は4人で新歓行くことになるけどよろしくな」


 そこで、場をいったんまとめようとしたのに、ふと啓人が罰が悪そうに手を挙げた。


「わりい、俺も明日の新歓さんが出来ないや……」

「えぇ!? なんで!?」


 驚いた表情で西城さんがいち早く尋ねた。一番断りそうじゃないタイプだからびっくりしたのだろう。


「いやぁ、そのぉ……」


 橋岡は苦い表情を浮かべて口ごもってしまう。


「どうした啓人?」


 俺が覗き込むと、啓人は観念したようにため息をついて項垂れた。


「昨日の新歓みたいなノリについていくのは、俺には無理だということがよく分かったから、あの体験をもう味わいたくないんだ…」

「……」



 どうやら、昨日の新歓がトラウマになってしまったらしい、友達と席を離されて、ノリの良い見知らぬ大学生の先輩・同学年と盛り上がる。それが啓人にとっては一番の苦痛だったのかもしれない。


「で、でも昨日が特殊だっただけで、明日は友達同士で固まれると思うぞ? それに、明日は運動部系のサークルじゃないし平気だと思うぞ?」

「いや、いいんだ。俺がいるとみんなに他の友達出来ないし……」


 なんという悲観的な考え。完全に啓人がナイーブモードになっていた。

 確かに昨日は俺も、同級生の津賀と二人で話し込んじゃったせいで啓人の面倒を見れなかったからな……申し訳ないことをしちゃったな。

 だが、この連鎖がさらに悪い状況を巻き起こす。


「啓人がいかないなら、俺もやめよっかなぁ~」


 そう言いだしたのは、船津だ。


「はぁ? あんたは何にもないでしょ? 行きなさいよ」


 乙中が鋭い視線で睨むが、それを軽く流すようにして首を横に振る。


「いや、俺って見た目こんなんだけど、見た通り全然パリピって感じの部類ではないじゃん? だから、啓人の横に引っ付いて、俺は真面目なんですアピールしようと思ったんだけど、啓人いないとノリが違う奴らに絡まれそうだし……」

「俺がいるじゃねーか」

「やおはまたなんか別なんだよなぁ。誰でも差し支えなく接することが出来ちゃうっていうかさ」


 そんなこと思われてたんだ俺って。

 改めて周りからの自分への評価に驚いていると、西城さんが今にも泣きそうな悲しい表情を浮かべていた。


「みんな行かないの? せっかくみんなで行こうって話してたのに……」

「ごめん……」


 3人が申し訳なさそうに、西城さんに謝る。

 そして、西城さんの視線は俺に向いた。


「羽山くんはどうするの?」


 最後の希望とも言える西城さんの視線に、俺はニコっと笑みを浮かべた。


「安心して西城さん。俺は一緒に行くよ、新歓」

「ホント!? よかったぁ、ありがとう!」


 パァっと笑顔が戻り、安堵の表情でお礼を言われた。うんうん、西城さんは今日も可愛いなぁー。

 やっぱり、一人で知らない人たちのフィールドに突撃するのって怖いもんね!


 こうして、明日の新歓は俺と西城さんの二人だけで行くことが決まった。

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