第5話 既視感

 新歓から一夜明けた翌日。2限の空きコマの時間、いつものメンツで食堂に行って時間つぶしをすることになった。


 授業の教室棟から食堂のある建物を歩いている時、反対側から見覚えのある褐色色の日焼けした肌の女性が歩いてきた。中学時代の同級生、津賀愛奈つがあいなである。

 友達と歩いていたし、昨日の今日で再会したばかりで声を掛けるのは図々しいかな・・・などと迷っていると、津賀の方が俺の存在に気が付き、躊躇なく手を挙げて挨拶してきた。


「おはよう、やおやお~。昨日はお疲れ~」

「お、おう津賀・・・お疲れっす」


 特に挨拶以外は会話を交わすことなく、津賀は西城さんたちに向かって、ペコリと一礼してそのまますれ違って教室棟へと歩いて行った。


 それを見た西城さんたちが、誰?っといった感じで俺の方を見てくる。


「中学の同級生だよ、昨日の新歓でばったり会ったんだ」

「へぇ~そうなんだ」

「ちょっと可愛かったかも…」


 乙中は興味なさそうに生返事をして、船津は興味津々といった感じで後ろ姿を眺めている。だが、残念だな船津、ちょっとじゃなくて超絶美人だ。


「おい、やお。俺がコミュ障発動して病んでた間にそんなイベント発生してたのか…許さんぞ」

「いや、それはすまねぇ・・・」


 昨日、橋岡は俺と席が離れたことで、見事に人見知りを発動して、2時間苦痛の時間を過ごしていたそうだ。そして、新歓が終わるなり、逃げるように帰っていったとのこと。


「結局アンタ昨日のサークル入るのも辞めるんでしょ?これで何個目?」

「俺には無理だ。スポーツ系サークルは、人種が違い過ぎる」

「だから、言ったじゃん。お前には空気が合わねぇって」


 乙中と船津が橋岡とそんな話をしていると、脇腹をツンツンとつつかれた。

 つつかれた方を見ると、西城さんが唇を尖らせてこちらを見つめていた。ちょっと拗ねてるみたいな感じで可愛い。


「ん?どうしたの西城さん?」

「さっきの人って、名前なんていうの?」

「え?あぁ、津賀愛奈つがあいなって名前だけど…」

「津賀・・・愛奈さんね…」


 西城さんは振り返って、授業教室棟に入っていく津賀の姿をじぃっと眺めていた。


「どうかした?」

「あ、ううん!何でもない!行こっ!」


 ニコっと笑みを浮かべた西城さんは、それ以上何も言うことはなく再び歩き出してしまった。


「??」


 何だったんだろうと首を傾げつつ、俺も西城さんの後を追うようにして付いていった。


 食堂に到着すると、6人掛けのテーブルに荷物を置いて座った。

 この時間から食堂にいる人は、俺たちと同じように朝一番の授業があり、この時間帯は空きコマで暇を持て余している人たちか、ちょっと早めに大学に来て遊んでいる学生かのどちらかだ。


 食堂の奥の席の方で、カードゲームをして遊んでいる男子学生たちが騒いでいる以外は、1、2人で勉強している人か、スマホをいじっている人が大半を占めていた。


 俺たちも、お昼明けの授業で出されている宿題を力を合わせてパパっと済ませることにした。6人の知恵を出し合えば、簡単に終わるもので30分もかからずにすべて完了してしまう。

 手持ち無沙汰になった俺たちは、食堂が混雑する前に早めの昼食をとることにした。


 船津は持ってきたお弁当を食べるとの事で、他の4人で食券機の前にあるメニューサンプルへと向かおうとした時。俺はふとスマホのバイブレーションが振動したのが分かった。


「あ、3人で先に行ってて、すぐに追いかけるから」


 3人は顔を見合わせて、首を傾げていたが、わかったっと返事を返して席を立ち、食券機の方へと歩いて行った。


 俺はスマホを取り出して、その通知を確認する。LINEが来ており、津賀からだった。


『やっほ~やおやお!あのさ、昨日のサークルって入る予定?』


 トーク画面にはそう書かれていた。

 残念ながら、俺は啓人の付き添いで行っただけなので、入る気はない。


『いや、入らない』


 そう一言返事を返した。

 スマホを閉じて、「わるい俺も昼買ってくる」っと残っていた船津に一言詫びて、3人がいる食券売り場へと向かった。


 俺が小走りで追いつくと、メニューサンプルを見ながら啓人が思案していた。


「弥起は何にする?」

「う~ん…なんか今あんまりお腹空いてないんだよな」

「わかる」


 啓人とそんなことを話しているうちに、西城さんと乙中は、何にするか決めたようで、食券機にお金を入れて各々ボタンを押していた。


 俺もメニューを眺めていると、日替わりランチのBセットのブリの照り焼き定食セットが目に留まった。俺は何故かブリの照り焼きが苦手だった。小さい頃に食べてから嫌いになった気がするのだが、いつ食べたのかはよく覚えていない。

 だが、何故だろうか?この時、ブリの照り焼きに挑戦してみたいという欲望に駆られていた。

 久しく食べていないから、今なら克服して、美味しいと思えるのではないかという謎理論が頭の中で湧いていた。


「俺はこれにするわ」

「え…ブリの照り焼き?渋いねぇ~」


 そんなことを言う啓人をよそ目に、俺は踵を返して後ろにある食券機にお札を入れて、日替わりランチBセットの食券ボタンを押した。


 おつりと食券を取り出し口から手に取ると、ふいに後ろから声を掛けられる。


「俺は、ちょっくら購買行って買ってくるから先食べててくれ」


 どうやら啓人の今食べたい気分の物が食堂にはなかったらしく、そう宣言をして駆け足で大学内にある購買部へと一人出かけて行った。


「あれ?啓人君どこ行っちゃったの?」


 すると、食券を既に買い終えて待っていた西城さんと乙中が声を掛けてきた。


「食べたいものがなかったから、購買でご飯買ってくるって」

「そっか、それじゃあ行こう」


 乙中がどうでもいいといった感じで、スタスタと注文口へと向かう。後に続くように俺と西城さんも食券を手に持って歩き出す。


「羽山君は今日は何にしたの?」

「ん?日替わりBセットのブリの照り焼き。西城さんはいつも通りカレー?」

「うん!でも、今日は一味違うよ?」


 自慢気に食券を見せてきた。その食券に視線をやると、そこには「カレー(カツ)」と書かれていた。カレーであることには間違いないのだが…


「今日はカツカレーにしました!」

「珍しいじゃん、西城さんが普通のカレー以外注文するなんて」

「まあ、私なりのちょっとした冒険…たまにはいいかなって…///」


 どうやら西城さんも、冒険心に心が動かされ、振れ幅は小さいものの、いつもの日常から付け足してみようという考えを持ったようだ。


「そっか、美味しいといいね」


 俺はそんな可愛らしい西城さんに微笑むと、西城さんは嬉しそうに


「うん!」


 っと頷いた。


「おーい、早くしろ~私は先に席に戻ってるからな~」


 乙中は、既に注文した料理を受け取り、コップに水を汲んで席に戻ろうとしていた。


「あ、うん!急いで注文する!行こ、羽山くん!」

「おう」


 こうして、各々頼んだ種類の場所へ並んだ。

 俺の日替わりランチには、誰も並んでいなかったのですぐに受け取りカウンターまでノンストップで到着した。

 しかし、そこに食堂の係の人は誰もいない。


「すいませーん!」


 俺が声を上げると、奥から「はーい!ちょっと待っててね!」っとおばさんの大きな声が聞こえた。

 すると、一人の女性が姿を現し、駆け足でこちらへ向かってきた。この前見た、藤野さんという若い新人さんだった。


「申し訳ありません、お待たせいたしまし…た」


 その若い新人さんと目が合った途端、彼女は目を見開いたような感じに見えた。

 マスク越しで表情までは窺えなかったのだが、俺も勘違いかもしれないが…


「あの…」

「は、はい!」


 ふと我に返った時、彼女に声を掛けられた。


「食券は?」


 新人さんに見とれてしまっていて、肝心の食券を出すのを忘れていた。

 慌てて手の中を見ると、どうやら無意識に手に力を入れていたようで、食券を握りつぶしてしまっていた。中からくしゃくしゃの食券が出てきた。


「あぁ…すいません、ボロボロになっちゃってんですけど…お願いします」


 恥ずかしそうに食券を彼女に手渡すと、彼女はその食券に書いてある文字を見つめる。


「日替わりのBセットですね、少々お待ちください」


 新人さんは、ペコリと頭を下げてから、Bセットの準備に取り掛かった。

 俺は横に積んであるお盆を一つ手に取って、彼女が作業する姿を見ながら、注文したメニューが完成するのを待っていた。


 俺は待っている間にも、再び藤野さんを見つめていた。やはり、彼女を見れば見るほどに、小学校のあの子のことが思い出される。もしかしたら、あの子の親戚か何かなのではないかと思えるほどに似ている。小学生時代のあの子が成長して、俺と同じくらいの年齢になったとしたら、今目の前にいる藤野さんのようなきれいな女性になっているんだろうな。それがとてもしっくりと来てしまうのだ。


「お待たせしました、日替わりBセットです」


 ボォっと彼女を眺めているうちにBセットが完成したようで、目の前には白米が入った茶碗と、みそ汁、漬物、ブリの照り焼きが並べられていた。


 俺はそれを受け取って、自分のお盆に移し替える。


「食べれるようになったんだね…」

「え?」


 彼女が何か俺に呟いたような気がしたが、聞き取ることが出来なかった。


 

「あっ、いえ…何でもありません失礼します」


 その代わり、彼女は慌てたようにペコリと頭を下げて、恥ずかしそうにしながら厨房内の奥へと消えていってしまった。

 更に謎が深まる中、俺は彼女が立っていた注文カウンターをしばらくポカンと眺めていることしか出来なかった。

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