第2話 食堂の新人さん

 午後一番の授業が終わり、俺と西城さんは、少し遅い昼食を食堂で取ることにした。

 週に一回だけ他の3人が授業でおらず、西城さんと二人きりになる空きコマの時間があるのだ。俺は、この時間を毎週楽しみにしていた。

 

 西城さんと合理的に二人きりになれる機会などそれ簡単に自然に訪れるわけではない。このチャンスを逃さまいと西城さんの情報をたくさん聞きだした。


 この春に高校を卒業してはるばる福島から上京してきたことや、二つ下の弟がいること。高校時代は演劇部で裏方の活動を主にやっていたことや、福島での生活などなんでも聞いた。そんなことを聞いているうちに、西城さんも俺に興味を示してくれるようになり、俺のことも聞いてきてくれるようになってきた。そして、あっという間に打ち解けることに成功し、今では西城さんが一人暮らししている家の最寄り駅まで知っている。

 いつかは、西城さんの家に行けたら・・・なんて思っているけど、さすがにそれは高望みしすぎであろうか?


 食堂は、お昼時を過ぎたにも関わらず大勢の人で混雑していた。というよりも、丼もののコーナーだけ異様に人だかりが出来ていた。見た感じほとんどが男ばかりだ。


「なんだろう、あの人だかり」

「何だろうね?」


 二人して首を傾げながらも横目で素通りして、空いている席を見つけて向かい合って荷物を置いて場所を取り、貴重品だけ身に着けて食券機へと向かった。


「何にしよっかなぁ~」


 食券機の後ろにあるメニュー表を眺めながら何を食べようかと考える。

 そう言えば、さっき丼もののコーナーだけ異様に混雑してたけど、何か珍しいメニューでもあったのか?

 だが、メニューを見ても、今日の丼ものの日替わりメニューは親子丼と書かれているだけで、珍しいメニューは見当たらなかった。


「羽山くんは何にするか決まった?」


 俺がメニューと睨めっこしている間に、西城さんは既に食券を買い終えて隣に並んできた。

 無自覚にそうやって隣に並ばれて顔を覗かれると、ドキっとしちゃうから困る。


「いや、どれにしようか悩んでてさ・・・西城さんは何にしたの?」


 参考がてらに聞いてみると、西城さんは「これ」っと言って、食券を見せてきた。

 覗き込むと、そこには見慣れた文字で、「カレーライス」と書かれていた。


「カレー好きだね西城さん」


 彼女はほぼ毎回この食堂を利用するときはカレーばかりを注文していた。

 というか、カレーライス以外を頼んでいる西城さんを今まで見たことがない。


「だって、カレーは裏切らないもの」


 当然のように言う西城さん。確かに、カレーが外れることはないもんね。美味しいよねカレー。

 まあ、西城さんは大のカレー好きでもあるため、何度食べても飽きないのだろう。

 俺だったら、毎回同じメニュー頼むよりも、ここの食堂の日替わりメニューを全制覇したいくらいの勢いで色々なメニューにチャレンジするのになぁ・・・・・・


 よしっ! 俺も決めた!


 そして、食券機にお金を投入して、俺は日替わり丼のボタンを押した。


「羽山くんはいつも日替わりメニューばかりだよね」


 西城さんは感心したように言ってくる。


「色んなメニューを食べた方が楽しめるし、挑戦して新たな発見もあるかもしれないじゃん」

「そうかなぁ??私だったら、挑戦しないで王道の物を頼んじゃうけどなぁ~」

「ま、そこは人それぞれじゃない?」


 釣銭口からおつりを発券口から食券を取って、俺と西城さんは注文口へと向かう。

 って・・・丼ものコーナー人だかり出来てるの忘れてた。



「俺は時間かかりそうだから、先に席ついて食べてていいからね」

「うん、わかった」


 西城さんと別れ、それぞれのジャンルの注文口へと向かう。

 

 よし・・・覚悟を決めて並びますか!


 俺も気合を入れて、丼ものの注文口へと向かった。人だかりは、円状に誰かを囲むような形を成しており、列は形成されていなかった。そして、先ほど見た時とあまり輪の中の顔ぶれが変わっていないことに気が付いた。


 しかもよく見れば全員男だ。


「ねぇねぇ、藤野さんはどんなタイプの男性が好みなんですか?」

「藤野さんは今ずばり彼氏とかいるんですか?」

「一緒に写真撮ってくれませんか?」


 そんな男たちの質問が飛び交っていた。

 どうやらここにいる男どもは、メニューを注文しているわけではなく、藤野??さんという食堂の人にたかっているだけのようだ。


「あの…すいません・・・」


 俺は普通に注文したいので、その輪になった連中たちに声を掛けてみるが、がやがやとした声にかき消されて聞こえていないみたいだ。


「あのっ!」


 俺がもう少し大きな声で声を掛けようとしたその瞬間・・・!


「これ!また作業の邪魔をして!」


 救世主のごとく食堂の中から現れたのは、威勢の良いパートのおばちゃんだった。おばちゃんに蹴散らされて、輪になっていた男どもの集団がぺこぺこと謝りながら逃げるように散っていき、辺りが静まり返った。


「わかったなら、さっさと席に戻る」

「はぁぃ~」


 おばちゃんに促されて、ダラダラと男たちは各々の席へと帰っていった。

 そして、注文のカウンター越しではあるが、男たちが取り囲んでいた場所にキャラメル色をした髪を後ろで結んだ若い女性が現れた。マスクをしており、顔全体を窺うことは出来ないが、マスク越しからでもくっきりとした瞳からしても美人であることが覗える。

 

 丼もの注文所には、俺一人だけが取り残されていた。

 おばさんが俺の存在に気が付き、笑顔で声を掛けてきてくる。


「いらっしゃいませ~注文かい?」

「あ、はい、お願いします」

「はぁい、それじゃあ藤野さん後はよろしくね!」


 パートのおばさんはその藤野さんという若い女性に、後は任せたというように肩を叩いて、奥へと引っ込んでいった。

 俺はゆっくりとその女性の前に立って、食券を渡した。


「お願いします」

「あっ、はい。少々お待ちください」


 ぼそぼそとした小声で、おどおどと俺が出した食券を受け取って確認すると、日替わりの親子丼を作り始めた。といっても、既に作り置きしてあるご飯と親子丼のカツを乗っけるだけなのだが、どうやら新人さんのようで、若葉マークがついた『藤野』と書かれたネームプレートが胸ポケットのところに掛けてある。

 彼女の名字を見て、最初に思い出すのは懐かしい小学生の頃のあの子の顔が蘇ってきて・・・って、いやいや、ないない。


 俺が首を横に振って、再びその女性に目をやると、おっかなびっくり作業を続けつつ、何とか親子丼として盛り付けを完了させて、ようやく俺のお盆の腕に完成したものを乗っけてくれた。


「お待たせいたしました」


 ここで、初めて彼女と目が合った。

 身長は150センチ後半といったところだろうか、クリっとした瞳にマスクでほとんどが覆われてしまうほどの小顔の女性だ。腕などはやせ細っているまではいかないが、スラっとした白くて真っ直ぐとした腕だった。

 

 大人になっていたら、こんな感じの女性になっていたのかな・・・そこで再び俺はあの子の顔が頭の中に浮かぶ。


 いや、だからそんなことは絶対にありえない。だって、もうあの子は・・・


 彼女と見つめ合っていたのは何秒ほどであっただろうか?気が付いた時には、お互いにキョトンと我を忘れて見つめ合ってしまっていた。


「あ、ありがとうございます」


 俺は誤魔化すようにしてお礼を言い、その場を立ち去ろうとした。


「あ・・・あの・・・」


 すると、彼女が初めて通る声を出して俺を呼び止めた。その声は、先ほどのぼそぼそとした声ではなく、甲高く幼い感じがする。その声もまた、あの子を連想させる。


「は、はい・・・なんでしょうか?」

「はっ!いえ・・・なんでもありません。すいません・・・」


 ペコリと頭を下げて、彼女は厨房の奥へと消えていってしまった。

 俺は首を傾げて、なんだろうと不思議に思いつつも席へ戻る。

 その間も頭の中であの子の笑顔と声がフラッシュバックして、あの藤野さんという女性に既視感を感じられずにはいられなかった。


 席へと戻ると、既に西城さんはカレーをパクパクと食べており半分以上平らげていた。


「ごめんね、お待たせ」

「ううん、大丈夫」


 俺も西城さんの向かい側の席につき、手を合わせていただきますとボソっと言ってから食事にありついた。


「そういえば、さっきの人だかりは何だったの?」


 西城さんが思い出したかのように聞いてきた。


「ん?あぁ、なんか食堂のアルバイトの人に群がってたみたい」

「食堂のおばちゃんに?」

「いや、おばちゃんじゃなくて、若いお姉さん。新人さんみたいで、若葉マーク名札についてた。結構美人だったよ」

「へぇ~」


 俺が説明すると、西城さんはどこか納得のいかないような表情をしていた。心なしか、じとっとした視線を俺に送ってきているようにも見える。


「…どうかした?」

「べっつに?何でもない」


 西城さんはぷぃっとそっぽを向くと、残っていたカレーをくすってパクリと口に流し込んだ。


 それにしても、あの食堂の新人の人。容姿といい、あの特徴的な甲高い声・・・やっぱり既視感がぬぐえない…

 だが、何度同じことを考えても、あの子と藤野さんは同一人ということはありえないのだ。だって、彼女は・・


「羽山くん?食べないの?」

「へっ!?」


 西城さんに声を掛けられて我に返ると、俺はお箸を手に持ったまま ボケェっとしていた。


「あ、食べるよ!」


 慌てて、持っていたお箸で親子丼をすくって、口に掻き込んだ。

 その新人さんに盛り付けてもらった親子丼はパクッと口の中に運んだ瞬間、どこか懐かしいようなまろやかさが口の中いっぱいに広がっていく感じがする気がした。

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