『みんなしんでれら』 中編の中の中
楽器屋の練習室は、言うまでもなく、爆音の巣窟と化していました。
打楽器の練習室はひとつ上の階に置かれているので、さすがにほとんど被害はないが、たとえば、サックスなどは同じ階になるのです。
この楽器は、大変に、でかい音がするのであります。
キーの機構は、じつは、フルートとほぼ同じ機構を持っています。
しかし、図体がでっかい分、大きな音がするわけです。
ぼくのフルートで、まともに対抗するのは難しい。
子猫が、ライオンの前で吠えてるようなものです。
もっとも、世界的な奏者になると、いささか、話は違って来るのですが。
今回は、周囲がやかましい方が、ありがたい。
ぼくと、みどりくんは、練習室に入りました。
べつに、いかがわしいことをする考えはないが、女性に関しては、またくの晩熟だったぼくは、こうした状況になる機会は初めてと言ってよかったのです。
計算していたわけではないですが。
しかし、みどりくんは、まったくそんなことは、微塵も考えていないらしい。
「カバンの中身は?」
「ああ、まって、開けてみる。・・・・・うん・・・なんだこれ、データカードだな。」
「パソコンあるわよね。」
「ああ、ちゃんと持ってきた。ちょと小さいから、容量は大きくない。よいしょ。開けばいいけどな。パスワードがいるかなあ。」
ごちゃごちゃつぶやくぼくに、みどりくんはそもそも、関心がないのです。
『このデータを開くには、あなたのデータが必要です。』
「ほら、そうきたか。まてよ。ぼくの、データ?」
「あなたの学生番号入れてみたら?」
「おおー。そうか。よいしょと・・・・。だめだなあ。」
「ゼミ生番号も入れる。」
「はいはい。よいしょ・・・・あ!・・開いた。」
「もともと、あなたに見てもらう事を想定していたわけよ。よかったわね。先生に信頼されてて。」
「そう、客観的に言われてもなああ・・・なんだこりゃあ。」
そこに現れたのは、『ヴォイニッチ手稿』の文字にそっくりなような、読めそうで、さっぱりわからない『文字らしきもの』の、羅列だったのです。
「こらあ、わからない。どう?」
「そうね。確かに、『ヴォイニッチ』の文字に似ているけど。ほかに、データが入ってないかな?」
「まって。なんだか、ほぼ、深夜にやってる、三流映画みたいになってきたな。うん。あるね。開きます。・・・なになに。『これは、太陽さんから送られてきたデータを、別途送信された、解読データらしきものにより復元したものの、その一部である。ただし、まだ、途中までしか解読できていない。問題がある。しかし、間違いなく、太陽さんは、死のうとしていると思われる。このままでは、間もなく大膨張が始まり、地球は飲み込まれるだろう。『人類みな、しんでれら』。対応策を練らねばならないが、後半の解読が必要だ。自分に、もしものことがあった場合は、『別荘』の地下にあるシステムに、このチップを入れて稼働させ、解読作業を継続してほしい。なお、防衛隊や警察には協力しない事。彼らが、何か企んでいた。そうに違いない。ぼくは、命を狙われるだろう。』だって。先生、薬物とかやってたんじゃないかな。これがホントなら、個人の手には余るよ。」
「でも、命を狙われたのは、違いないわ。」
「むむむむ。」
そのとき、レッスン室の、のぞき窓に、なにかの『顔』が浮かびあがっていたのに、ぼくは気が付きました。
「おぎゃあ。幽霊か?」
「ば~~~か。あなた、楽器吹きなさい。見て来る。」
「え?」
あきらかに、世間一般とは、逆かもしれない。
みどりくんは、空手4段、柔道4段、タルレジャ拳法師範資格所持者。とか、数字は多少違うかもしれないが、強い事は確かなのであります。
ぼくは、音出しを始めました。
みどりくんは、ドアにゆっくりと、近寄ったのです。
それから、ばっと、ドアを開き、外にいた人物を、捻り倒したのであります。
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『みんな、しんでれら』 やましん(テンパー) @yamashin-2
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