第3話 家でふたりきり

「おまたせー。ほんとにブラックコーヒーでよかったの? もしかして、にがいの好き?」


「ふーん。そうなんだ。あたしはにがいの苦手なんだよね」


 美味しそうに飲む新田さんとか見て、あたしも飲めるようになりたい、なんて思った時もあったけどね。


 にがーって感じがどーしても。


「締め切りに追われてどうしようもないときに、イヤイヤ飲むことはあるんだけどね」


 自分から好んで飲むことは絶対にないかな。


 あとは、大人っぽく見られたい時とか?


「ん? ひょっとしてなんだけど、かっこつけてたりする?」


「なんてね。うそうそ。あたし相手にかっこつけても仕方ないもんね」


 家に引きこもって えっちな漫画を描いてる女なんて、魅力の欠片もないもんね。


 でもさ。こう見えて、むらむらさせるストーリー作りに関してはプロだからね。


 しかも、ここはあたしの家。ふたりきり……、


「ん? どうかした? なんか、挙動不審って言うか、あたしの後ろが気になっているような……」



「──ひゃっ! 洗濯物!」


 やっば!


 干しっぱなしなの忘れてた!!


「えっと! これはちがくて!」


「いつもは干しっぱなしじゃないし! 部屋も綺麗なんだけど! 今日は締め切りやばくて、女アシさんだって聞いてて!」


「えっと、えっと、とりあえず見るなーっ!」


 どうしよう! 完全にやっちゃった!


 えっと、えっと、

 たしかこういう場合って、耳元でささやくのがいいんだよね?


『困ったら読者あいての視線をヒロインあたしに向けろ』


 先輩もそう言ってたし!


 えっと、肩に触れないように、ギリギリまで近付いて……、


『下着よりも、いまはあたしを見てくれないかな?』


『お願いを聞いてくれたら、なんでもするから』



『……うん。ほんとうにどんなことでもするよ?』



 干したままの下着を見られる以上に、恥ずかしいことなんてないし。


 えっと、耳元で、えっちな声で、誘惑するように……、



『あたしにどんなことをさせたいか考えてていいから』


『いまは、あたしだけを見ててくれる?』


 見られるのも、本当は恥ずかしいんだけど。


 ……見られて嬉しいような気もするし。


『えっと、それでね。1つだけ質問があるんだけど、いい?』



『えっちなことに興味ってある?』


『恥ずかしがらなくてもいいよ。絶対にあたしの方がえっちだもん』


『だから正直に答えて』



『ね? いいでしょ?』



『ん。そっか。やっぱりえっちなんだ』


『ふふ、あたしと一緒だね』



『いいよ。えっちなキミだけに、あたしのえっちな部分、ぜんぶ見せてあげる』


『焦らずに、ちょっだけ待っててね』



 どうしよう、すっごくドキドキしてきた。


 えっと、とりあえずタブレットでいいよね?


 パスワードを解除して……、うん。これで大丈夫かな。


「むかし描いた未発表の原稿とかも全部入ってるんだけど、好きに見ていいからね」


 絵もストーリーもうまくないから恥ずかしいんだけど、


「ぜんぶ、見せてあげる」


 その間に、あたしは急いで下着を回収しなきゃ!


 せめてもうちょっと可愛いのだったら良かったのに、



「あっ、それとなんだけど。あたしがエッチな漫画家なのは秘密だからね?」


「さっきも言ったけど、誰かに言ったら教室の真ん中で泣くから!」



「ん? 絶対に言わない? 信用して欲しい?」


「……ん。わかった。あんたのこと信じる」



 裏切られたら、ほんとに泣いちゃうと思うけど、



「そしたら指切りするから手出して」


「え? なんでって、約束するなら指切りでしょ?」


 あたし、なにか間違ってる?


「ん? 指切りとか、かわいい? あんたなにを言って――」


 可愛いって!

 あたし、可愛いって言われた!


 でもちょっと待って。


 落ち着かないと……。

 大人の魅力を出さないと……。


 スーハー、スーハー。



「べつに指切りくらい普通だから。なんでもいいから指切りするよ?」



『指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った』



 どうしよ。合法的に、指、繋いじゃった。

 あたし、すっごく幸せかも。


 それに下着を気にする素振りもなくなったように見えるし。


 これはあれかな?

 早めに移動しちゃった方がいいのかも。


「えっとさ。このままお仕事を始めようと思うんだけど大丈夫?」



「問題ない? ん。ありがと」


「それじゃあ、こっちに来て。あたしのえっちな場所に案内してあげる」


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