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それから2年後の夏、俺たちの元に新しい家族ができる。可愛い妹だ。本当に俺の人生には夏が深く関わっている。うれしいことも悲しいことも何もかも夏にこめられている。妹ができたのがうれしい夏ならば、翔がトーキョーに行ってしまったのが悲しい夏だ。けど、その悲しい夏はもうすぐ終わる。
「彰兄ちゃん、翔兄ちゃんが帰ってきたよ」
喫茶ゆりかご、営業時間は10時から19時。定休日は映画が安い水曜日。たまに水曜日以外に定休日が入ることがある。今日は木曜日。水曜日に続いて休みにした。今日は翔がトーキョーから帰る日だから。妹が息を弾ませて喫茶ゆりかごのドアを開ける。8月12日、1年前の今日、俺たちの母親である比奈岡 朱美の命日。葬儀の時に翔は宣言した。必ずここに戻ると。そして、世界を変えて見せると。
翔がゆりかごに着くまでの間、俺はちらっと新聞を見た。新聞のトップは新しい法律について。公布はひと月前で今月に入ってやっと施行された。新しい法律はどんなものかというとこれまで俺たちが抱えていた愛の常識を変えるものだ。元々この国には一般的な恋愛とは違うものが存在していた。アニメや漫画、小説などたくさん表現されていたが、世間の陰ではひっそりとされていたものだ。表立って表明しにくいものであり、知られたら差別や偏見の目にさらされるものでもあった。
「本当に実現するなんてな」
新聞の写真は満面の笑みの男性カップルと女性カップルが婚姻届けを出すというものだった。
翔がトーキョーに行ったのは中学を卒業してすぐ。そのきっかけを作ったのは俺だ。俺が翔に告白した。好きだと。いつから好きだったのかはあまり覚えてない。けど、その質問をされたら思い出すのは初めて会ったときのことだ。多分、俺はその時から好きだったのだろう。俺の好きは純粋な意味もあるし、打算的な意味もある。翔は俺の複雑な事情を知っている。説明なんてとっくに済ませたほど知っている。信頼しあっているからこそ、好きだ。翔には安心して俺の背中を任せられる。
「ごめん、突然こんなこと言ったら迷惑だよね」
告白の後、すぐに謝る。遺産争いで人の命を奪う一族の生まれであり、争いから外れた結果両親を失い、今も油断できない状況。両親の墓参りにトーキョーに行く際にはありとあらゆる状況を想定して襲撃に備えなければならない。もしかしたら一族は俺と仲良くしている友人、そして翔や妹にも手を出すかもしれない。そういう状況を知っている人しか俺は傍にいさせたくない。
「俺は普通じゃないから。ごめん、押し付けだよね」
相手が男だからとかそういう普通じゃないこともある。ただの家族だった男が突然好意を突き付けたら誰だって困惑する。告白されて呆然とした翔に対してすぐに謝罪でごまかした。それからしばらく俺は翔と口を利かないでいた。関係を変えてしまったという気まずさと翔に負担をかけてしまったという罪悪感で俺は翔から離れていた。
「僕、トーキョーに行くよ」
翔に告白して話さなくなってから5日後、話があると翔に言われて自転車で10分くらいのところの河川敷に連れ出された。穏やかな川の流れを見ながらぽつりと翔が言う。
「……え?」
「ちょいと世界を変えたくてね。悪いけれど彰の家の力を借りてもいいかな」
「世界を?」
「うん」
翔は笑って立ち上がる。両腕を大きく開いて前に立つ。その時の俺は翔が何を考えているのかわからなかった。世界を変える……それをするために何をするのか見当がつかない。どうやって世界を変えるというのだろうか。
「彰、待ってて。必ず彰を幸せにするから」
それから翔は行動が早く、トーキョーの家に連絡をして入る高校を決めた。徐々に翔の荷物がトーキョーに送られていき、半年後には笑顔で旅立っていった。翔がトーキョーに行ってからのことは覚えてない。俺の様子はとにかく痛々しかったようだ。大切な人が遠くに行ってしまったという空虚に支配されていたと後に妹に教えられた。
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