3

 かけるは最初から知っていた。比奈岡の活動に昔から付き合っていたのだ。

 かけるは最初から覚悟していた。母親と離れることを。

 「俺は狙われていたのか」

 俺が生まれた家は大きな一族に属していた。昔から遺産争いが激しくて何かと家族間で殺人や事故などで人が死んでいったらしい。警察沙汰になったことがあったがどの殺人事件も事故に見せかけるように証拠を巧妙に細工したりしてすべての真相が闇に消えてしまった。また、俺の一族にはそれぞれ能力を持っていて俺自身にも何かしら能力を持っているらしい。しかし、それが何なのかは俺の死んだ両親と側近や信頼置ける執事しか知らない。子供である俺にはまだ知らされてはならないものだという。腹の探り合いによって互いの思惑を感じ取り、自分がやられる前に相手を攻撃する。そんなドロドロとした世界を俺の両親は子供である俺に見せないようにしていた。正月や盆の集まりで妙に空気が悪かったのはそういうことだったのかと改めて思う。いとことか何もかもすべての笑顔が不気味なものばかりだったと俺は思い出した。怖すぎて俺も不気味な笑みで対応したものだ。

 

 「君はとても大変なところにいたみたいだね。僕はこういうのは見慣れているけれど、ああいうところは最低だよ。遠ざかる方が賢明だ」

 「……かけるはよかったのか。朱美さんと離れてしまって」

 「少しは辛かったけれど、君を助けるためと思うとその辛さはなくなったよ。世の中には僕の知らないことがたくさんあるからね。母さんから言われたんだ。強い人間になるには世界のいたるところを渡らなければならないって」

 かけるは飄々としていた。歳は同じだが、考えや価値観が違う目の前のかけるがまぶしくみえる。かけるの見える世界には何が映っているのだろうかと気になった。

 「そうだ、他にも話さなきゃいけないことがあったね。君と入れ違った後のことや君のお父さんとお母さんについて」

 「俺と入れ違いになって大丈夫だったのか?」

 かけると俺は顔が違う。くりくりとしたかわいい瞳で表情も豊かなかけるがいきなり俺の代わりにトーキョーに帰ったりしたら誰もが騒ぐだろう。家の周りとか親戚とか。あとは学校の人とか。

 「そこは大丈夫。母さんが魔法をかけてくれたおかげでなんとかなったよ。けど、その魔法は君のお父さんとお母さんが亡くなって解けちゃったけどね」

 「魔法か」

 都合のいい展開だなとすぐに思う。そんな都合のいいことが起きたのが信じられない。けど、1年間何の音沙汰がなかったから本当にあったことなのだろう。

 「学校も大丈夫というよりは、君、友達がいなかったみたいだね。なんだか大変な家に生まれたから浮いていたらしいね」

 「そうなんだ。よかった」

 友達がいないという一言が心にぐさっとささったが特に問題は起きなくてほっとした。確かに学校でこれといった仲良しなんていない。クラスでは家のことで遠巻きにされていた。多少話しかけられたりもしたが、どれも家の力関係のこと絡みしかなくて純粋に仲良くしようとかそういうのは全くなかった。

 俺の父さんと母さんが亡くなるまでかけるは俺の代わりを十分に勤めていた。父さんと母さんが亡くなったのは1週間前のことであり、魔法が解けたかけるは俺の家の人たちによってひそかにトーキョーからギフに移されたとのこと。

 「父さんと母さんはなんで死んだの?」

 「……表では事故だということらしい」

 「裏では誰かが関わっているってことか」

 「らしいね。執事さんとかいろいろな人がうわさしていたけれど本当のことはわからない。今頃喫茶店で母さんと高辻さんがそれについて話をしているだろうね」

 父さんと母さんが死に、俺は一族絡みの争いから外されてギフにいる。比奈岡の本当の息子であるかけるが戻ってきた。残された俺はどうするべきなんだろうか。


 「俺は……」

 この後の俺はどうなろうのか。不安でうつむいた俺にかけるが手を差し出す。

 「君はそのままだよ」

 「えっ?」

 「君はトーキョーに帰ることもないと思う。あっちに帰ったら僕たちがこれまでした苦労が水の泡になるし、君のお父さんとお母さんが望んでないと思う」

 「でも、いいのか。ここにいても」

 「いいのいいの。もしかして僕が戻ったら君は追い出されるとかそんなこと考えていたの?」

 「だって、俺は本当はあっちにいるべきなのに」

 差し出した手を握ると商店街の方へと引っ張られる。ぐんぐんとかけるが前方に行き、俺は引きずられた。力が強くて驚いた俺は少し小走りして追い付く。

 「いい? 君は一年前から家族になったの。お母さんが君を殴ったりとかひどいことはしてなかったでしょ? あの人はなんでもかんでも血のつながりがあろうがなかろうが家族にする人なんだよ。居場所のない君を放っておける鬼畜じゃないから」

 「うん、朱美さんはいい人だよ」

 「せっかく僕の大切な家族なんだから、名前で呼んでもいいかな。彰」

 「うん、いいよ。俺もいいかな。翔」

 翔と一緒に喫茶ゆりかごに行く。ゆりかごにつくと真っ先に俺たちは比奈岡にぎゅっと抱きしめられた。それから俺は比奈岡の元で小学生、中学生、そして高校生として生活し、のちに喫茶ゆりかごを継ぐようになった。

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