第8話ハプニング

  24-08

香里は娘の進学の問題で、時々元亭主の戸崎眞一と相談の為に自宅に呼んでいた。

眞一も娘凜香と会えるのを楽しみに、時々ケーキを持ってやって来て、凜香に聞かれたら困る話を近くの住宅の前で話していた香里と眞一だった。

大学に行きたいと言う娘、私立に行くと今の仕事では中々苦しい状況だから、援助を頼んでいた。

その現場を近所の人に見られていて、誤解を招いていたのだ。


翌日隣町の高速のインターから近いラブホテル(シルクシャトウ)に須賀刑事と同じく若手の小菅刑事が二人の免許証の写真を持って、監視カメラの映像を調べに来ていた。

そのころ、美千代と勝弘の葬儀が行われていて、十一時から美千代、十三時から勝弘だから、二人共葬儀の場にいて、自分の肉体が消えるのか?としみじみと感じていた。

伸子を始めとして四人の従業員は今日も参列して、家族葬で少ない参列者の中では親族でない数少ない参列者だった。

坊さんのお経が終わって、棺桶に花が一杯入れられている自分を見て、思わず涙ぐむ美千代。

最後には猛の家族も信樹の家族も涙で見送る。

(ありがとう、ありがとう)と美千代は思わず口走っていた。

火葬場に親族だけが車に乗って向かうと(いよいよ、焼かれてしまうのか)と思うと寂しくて泣き出す美千代。

葬儀場のスピーカーから、大きな泣き声が聞こえる。

「えーーー」と猛達が驚いて聞き耳を立てる。

「あれ、お袋の声に似てないか?」

「ほんとうだわ」と純江も驚く。

「申し訳ありません、突然の音声の不手際で」とマイクを持った係がお辞儀をしながら謝った。

音声室では「何なのよ、今の泣き声は?」

「判りません、急に変な声が出てしまって」と驚きの表情で機械を調整していた。

美千代はマイクの近くにいて、自分の姿を見て泣いたのがスピーカーから流れたのだ。

(画老童子!)と呼びつける美千代。

(マイクの側で大きな声で泣くから、現世に漏れたのだよ)

(そんな事有るの?)

(貴女の感情がこもっていたのと、機械を通したので音に成ったのだよ、珍しい出来事だよ)再びマイクの側に行って泣き声を出そうとするが、今度は何も出て来ない。

(まあ、時々現世との境に入る事が、これからも有るから注意して)と言うと画老童子は消えてしまった。


その頃、ラブホで監視カメラの映像を調べる若い刑事達が、駐車場から上がって来る場所に設置されたカメラの映像を早送りで調べていた。

「一年前からの分しか残っていませんよ」とホテルの従業員が言うと「それで充分です」

「古い方から見てみよう」一番、最初にいきなり「これ!」と叫ぶ須賀刑事、画面には香里の姿が映し出されて、直ぐに画面が変わって勝弘が女と来ているのが、繋がって流れた。

一瞬見た二人の刑事には香里と勝弘が、このラブホに一緒に来たと思ってしまった。

香里の画像は古くて、新しく撮影されたのが勝弘の画像なのだが、最後まで巻き戻しがされずに、上書きされていたので同じ日の同じ時に通路を二人が通った画像に成っていた。

その部分を複写すると、完全に二人がこのラブホに一緒に来た画像に成ってしまうから恐い、若い刑事も最初からの思い込みが有るので、全く疑わずに帰って行った。

「早かったですね」

「本当だ、彼女が見たら、いい訳は出来ないな」

「そうですね、泊さん信用していませんでしたが、これで納得するでしょう」と二人は意気揚々と帰って行った。


葬儀場で美千代を見送った香里は憂鬱な気分で、警察署に自転車で向かった。

一度の過ちでラブホに一緒に行った足立が殺された?大手の調剤薬局の事務として雇われて楽しく仕事をしていたのに、足立との過ちで辞めた香里には今度は殺人事件で呼ばれるとはと因縁すら感じていた。

警察では色々聞かれるのよね、ラブホの話とか?嫌だわ?途中のコンビニでサンドイッチを買って公園で食べて警察に向かう香里だが、逮捕されるとは考えてもいないのだ。


美千代は火葬場に到着して、棺桶が火葬される寸前に成っていた。

家族が再び涙ぐむのを見ると、美千代も堪らず涙が溢れる。

「最後のお別れです」と係が言うと孫娘の京佳が大声で泣く。

信樹の子供は小学生が二人で、釣られて泣き出すから家族全員が泣き出してしまう。

<五月蠅いお婆さんも呆気ないわね>と声が聞こえて、急に泣くのを辞める美千代。

(今のは?純江さん?信樹の奥さんの紅葉さん?どちらなのよ?)と怒る美千代だが、棺桶は中に押し込められると扉が堅く閉ざされる。

しばらくして「点火」の声に(熱いわ、熱いわ、画老!)と呼ぶ美千代。

(馬鹿だな、火を見ていたら熱いよ、そんな場所に居ないで、こちらで待つのだよ)

(そうだわね、棺桶の近くに居たから、気分は火傷よ)と控え室に行く美千代。

(二時間後には、骨だけだよ、気分は最悪だから、見ない方が良いよ)

(いいえ、見るの)

(そう、好きにして)と画老童子は消えてしまった。


勝弘も葬儀の終了で涙に包まれて、年老いた両親が棺に泣き崩れるのを見て、自分が今まで行った行動の反省をしていた。

流石に二人の女の子も涙を流して見送って、勝弘の涙が自分の棺の頬に流れた。

「きやーーー」と大きな叫び声の女性が「見て!この死体の頬に涙が流れているわ」

「わー、生きているの?」

「死体が涙を流しているよ」と大騒ぎになりだして、葬儀場の係が慌てて見に来る。

鼻に手をあてて「間違い無く死んでおられます」と確認するハプニングを巻き起こしていた。

現世との狭間に流れ出た涙が起こした奇跡を目の当たりにした人々は、携帯に写す。

「見たよね!」

「間違い無いわ」今まで悲しみの中に居た参列者は、好奇心の塊に成って涙は何処かに消えてしまって、神秘の世界に興味津々に成っていた。

(今までの、悲しみはなんだ?)と今度は怒り出す勝弘。

棺は車に載せられて火葬場に向かった。

「驚いたわね」

「ほら、これ動画で撮影したのよ」

「わー、良く撮れているわね」

「サイトにアップすれば、儲かるよ」

(えー、この娘達は、親の死に顔で儲けるのか?)と呆れかえる勝弘だった。

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