第4話人の噂

  24-04

(梓)のママ美雪は絶対に内緒よと前置きして、隣の「夢」の女の子の香里って子が突き飛ばしたと思うわと話してしまった。

「それって殺人よ、ママ!」

「違うわ、酔っ払って自分から落ちたのよ」

「見ていたの?」

「言い争いの声がしたので、準備をしながら覗いたのよ」

「それで!」千登勢は身を乗り出して聞く。

「もうその時はあの子は震えて顔面蒼白だったわ」

「それから?」

「ここに座らせて水を呑ませてあげて落ち着いたのよ」

「それって、殺人をした後だからよ」と決め付けて喋る千登勢だ。

「違うと思うわ」と一度話してしまってから撤回しても遅い。

千登勢の脳裏には新しい話が出来上がってしまって、実際の事故とは全く異なる話が作り上げられた。

自宅に帰った千登勢は、日頃から気に入らない隣のスナックの従業員の女性だったから、お金を融通していて返済を迫って口論に成って、突き落としたと話を大きくして子供に話した。

二人は客とスナックの女性以上の関係だったのでしょう?と聞いた子供が話を付け加えるから、男女の仲でお金と別れ話の両方でトラブルに成っていた。

面白い話が出来上がると千登勢はワクワクしながら、真夜中のベッドに入って明日から面白いわ、誰に教えようかと考えると眠れないのだ。


勝弘の遺体は解剖に廻されて、年老いた両親が泣き崩れて「馬鹿な息子だ、酒に溺れて最後は酔っ払って階段から落ちるなんて」と悔やむ。

「事件性は無いのか?」

「明日からもう一度聞き込みをします、今夜の段階では酔っ払って階段を転がり落ちた!ですね」と泊刑事が課長に告げて、一旦は終わっていた。

だが翌日の聞き込みで事態が大きく変わる事に成る事を泊自身も知らない。


美千代の家では、葬儀場に遺体を移動させて葬儀の準備に入って、自分の顔に死に化粧が施されて(もう少し可愛く出来ないのかい?)と奇妙な顔に機嫌が悪い。

今夜が通夜で誰が来てくれるのだろう?役所の東部長は来るわね、赤松建設の社長は確実に来るわよね、だって私の最後の男だからね、あの日もあの社長と変な話しをしていて、飲み過ぎたのが原因で死んだのだからね。

美崎歯科医は来るかな?最近店には来ないけれど、葬儀には来るだろう?

小西造園は?松前酒店は来るよね、取引が有るからと見ていると純江が「家族葬だから、弔問客は殆ど来ないからね」と家族に叫ぶ。

(えー、家族葬?知り合い来ないの?純江さん、それは寂しいよ)と独り言の美千代。

そう言われればこの場所小さいと思ったわ、祭壇も貧相だわよ、葬式の費用以上に残しているでしょう?と怒る美千代。

これまでに多くの店の客にも著名な人は沢山いて、美千代は葬儀にも参列してお付き合いをしてきたのに、自分の時は誰も来てくれないと聞いて、それは耐え難い出来事だった。


翌日、泊刑事と上月刑事は聞き込みにスナックビルの経営者の自宅を訪れていた。

夜、店に行くと営業妨害に成るから、気を使っての行動で当然三階から転落なので、三階の店を重点に聞き込みに入っていた。

三枝美雪の自宅に泊刑事達が訪れたのは昼過ぎ、夜の仕込みと付だしの用意で出掛ける寸前。

「私、今から買い物に行くのよ、昨夜の事件でしょう?」

「はい」

「それなら、店の女の子と話をしたから聞いて」と言うと携帯番号を教えて、自分は直ぐに車で出て行ってしまった。

美雪は警察に関わりたくなかったから、千登勢に振ってしまった。

美雪の彼氏が以前覚醒剤で逮捕されて最近出所して時々会っていたから、警察は敬遠していた。

その様な裏事情は全く知らない泊刑事達は美雪の態度に呆れてしまった。

仕方無く向かう森永の公団住宅、自宅には娘の千晶が居て二人を迎え入れた。

警察の訪問に興奮している千晶は「スナック(梓)に勤められている方でしょうか?」

「違いますよ、母です」と答える千晶に「お母さんは?」

「昨日の事件でしょう?」と答える千晶。

「私、母から聞いて知っていますよ」

「そうですか、お母さんは何か話されましたか?」

「はい、隣の(夢)の従業員で香里って女の人がお金を貸していた人と口論に成って、突き飛ばして落としたと聞きました」

「えー、突き飛ばした!」

「お金で口論?」と泊と上月は声が変わる程驚いた。

千晶の話を聞いた二人は、母親の千登勢の戻るのも待たずに、森永の自宅を後にした。

昨夜も今日も聞き込みでは、釜江の酔っ払っての単独事故死だと思っていたのに、状況の変化に驚く二人。

早速、三階の(夢)の経営者安田美千代に事情を確かめに行く二人。

お金を貸していたか?(夢)にも釜江が飲みに行っていたのか?あの娘が話した釜江と香里が男女の関係だったのか?聞いてから香里に会う予定をしていた。


自宅に行くと、慌ただしい雰囲気に「何か、安田さんのお宅で有りましたか?」と近所の主婦に尋ねると「昨日の朝、亡くなられたのですよ、元気な方でしたのに、驚きました」

「えー、亡くなった!」と驚く泊刑事達。

「どうします?聞き込み出来ませんね」

「同じスナックビルで二人も、亡くなったのは偶然か?」と死因を聞くと全く関係が無い様子。

偶然日時が近いだけで、安田美千代と釜江勝弘の死亡は関係が無い様だと判断した。

従業員の香里と釜江勝弘の関係を調べる為に、夜もう一度スナックビル周辺の聞き込みをする事にして、勝弘の口座の調査に向かう二人。


勝弘の葬儀も全く同じ葬儀場で行われる事に成る。

勝弘の葬儀も家族葬の手続きがされて、勝弘は葬儀場にやって来る。

今まで誰共会った事が無かった二人の幽霊が、この葬儀場で出会った。

(おばさんは?)

(貴方は?)お互いが始めて見る天上界の人だった。

(誰も会わないのに何故、会ったの?)

(僕も昨日の夜から、この世界に来て叔母さんに会ったのが最初です、スナックのママさんですか?)

(そうよ(夢)ってスナックしていたのよ)

(えー、夢のママさんですか?僕は近くの店にはよく飲みに行きました)

(そうなの?知り合いなの?)

(葬儀場が同じだから会ったのかな?)と幽霊に成った二人が葬儀場で話をしていた。

(でも変ね、ここで葬儀をする人、他にも数人居るけれど、誰も見えないわ)と廻りを見廻す。

普通の人間は近くに沢山居たが、幽霊の様な人は何処にも見当たらなかった。

不思議な出会いの美千代と勝弘、お互いが神様の賭けの対象に成っているとは知る筈も無かった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る