2008年4月28日(月)そのさん

 私にしては珍しく、十二時の十分前くらいに学校に着いた。

 十二時十分になっても先輩は来なかった。

 あ、私嫌われたかな、と思った。たかだか十分で。私なんか友人との待ち合わせに一時間遅れたことあるだろ、とも思ったが。

 しょうがないから念のため持ってきた英語の課題やってた。集中した。集中しないと色々考えちゃいそうだったから。

 十五分くらいに、先輩は来た。

「遅れてごめん」みたいに言ってた。なんか電車に乗り遅れたらしい。

 先輩が来て安心した。

「大丈夫ですよ」とかなんとか私は言いながら、課題をバックにしまった。

 昨日のメールのこと言い出そうかと思ったけど、タイミングを逃した。

 そのあと二時間、非常に微妙な空気が続く。

 まさか小説を書くことになるとは、しかも二人きりだとは思っていなかったので、小説なんか一行も書けなかった。

 書けるわけねえ。それどころじゃねえよ。昨日のメールのこととかさ色々。

 でも先輩は結構集中してたらしかったので、話しかけづらかった。

 音楽流すのは気まずいからかなと思った。

 私はわざと画面を見て切り出した。

「××先輩」

「ん?」

「……昨日はすみませんでした」

「あー……いいよ。全然。気にしないで」

「私、わかった気がします」先輩の好きな人。

「え?」

「いや、なんでもないです」

「いやいや気になるから」

「なんでもないですー」

 って感じだったと思い出した。ここで先輩に切り出そうかとも思ったが、切り出せなかった。そのあとずっと後悔した。

 ていうかなんかもう地の文でいってる。まあいいや。もともとこんなだし。

 その後会話の羅列。すぐ途切れる。iTuneのこととか。「プロット書いてみれば?」とか、「性善説性悪説云々より最初の導入部を書いたほうが」とか、「書けない?」って何回か言われたりとか。

 だからこの状況で書けるわけねーから。

 私はしょうがないからペイントで変なの書いたり用紙にらくがきしたりとかシャーペン分解したりとかして暇つぶししてた。シャーペン分解するの先輩の特技(だっけ?)とかプロフィールに書いてあったし。

 ××さんのことを切り出してみた。

「××さんって、演技うまいですよね」

「あー、やっぱり中学からやってた人は違うね」

「話面白いですよね」

「あそこまでノリのいい子も珍しいよね」

「ですよねー」

「定演どうしよう。六月に定演あるじゃん~~……(覚えてない)」

 ごめんなさい、正直何言ってたか覚えてない。だって先輩の反応見るのに必死だったから。どっちともつかない反応だった。少しは表情で語れよと思った。私の洞察力不足かもしれないが。

 ていうか、話すり替えてうまくはぐらかしたなと思った。絶対聞き出してやると決心しなおした。

 そのあとまあ、沈黙だった。先輩が小説に集中してた。ほったらかしかよと思った。私わがままだな。

 二時くらいになって、

「書けない?」

「はい、すみません……」

「どっか遊び行く?」

 と言われた。

 予想外だった。

「本当ですか? 行きたいです!」みたいなこと言った気がする。そのあと行き先とか決めた気がする。「私全然このへんのこと知らないんでー」とか言った気がする。よく覚えとらん。ただそのとき聞き出してやるって思ってたから。

「俺も書けないし。書けないときはしょうがない、やめようやめよう」みたいなこと先輩が言ってパソコンの電源切った気がする。

 私はバックをかつごうとすみのテーブルのところへ行った。先輩とテーブルを挟んで向かい合った。立ちっぱなし。

 ここらへんから記憶が途切れがちになり、文芸部の部室は最強のカオス空間と化す。

 何故だか知らないが、昨日のメールの話になったのだ。

「昨日のメール、好きな人誰?」とか言われたんだっけ。本当不安で不安で膝震えてたから覚えてねえよ。

 話の順番前後するが羅列していく。あと記憶あいまいだから少し創作入る。だがニュアンスは失わないようにする。

「誰でしょうねー」

 とかなんとか私は言ったんだっけ。

「それより先輩は誰ですか? 一組の誰かなんですよね?」

「まあ、うん」

「演劇部のほうですよね?」

「まあ、ね」

 もし好きなのが私であるならば「演劇部のほう」とは言わないと思った。だってそれ、明らかに誤解招くだろ。私は文芸部にも入ってんだから。

「演劇部のほう、なんですね?」

 とかもう一回言った気がする。本当に震えてた。やばい。と思った。

「うん」

「そうなると、三人ですよね?」

「そうだね」

「××さんは違いますよね。昨日のメールで、名前覚えてないくらいでしたから」

「まあ、そうだね。××さんじゃないね」

「そうなると……一年一組ですよね?」

「うん」

「二人になりますね」

「うん」

 こわかった。すごいこわかった。

 でも切り出した。

「××さん、ですか?」

「……ノーコメントで」

 なんだよノーコメントって。

「えーなんですかそれ。教えてくださいよ。もういいじゃないですか。言っちゃいましょうよ」

「えー……だって言ったら気まずくなるもん。本当に。絶対気まずくなる」

「別に私に知られたって気まずくないじゃないですか」

 ちょっと探りを入れてみた。もし私じゃなかったら、気まずくないはずだから。

 でもわからなかった。なんかうーとかあーとか言ってた。

「誰にも言いませんから。先輩、言ってください」

「えー……いや、だってこれやばいよ。絶対気まずくなる」

「演劇部なんですよね?」

「うん」

「一年なんですよね?」

「うん」

「一組なんですよね?」

「うん」

「で、××さんじゃない、と」

「うん」

「私はないですよね」

 言っちゃった、と思った。

「……どうかな」

 またそれかよ。

「××さん、ですか?」

「……ノーコメントで」

 だから!

 このくらいになってくるとなんだか上級生と話しているという気がしてこなくなった。私一応入学したての一年坊主なんだけどな、まだ。

「じゃあイエスかノーかでいいんで言ってください。××さんですか?」

「えー、だってそれさ、イエスでもノーでもわかっちゃうじゃん……」

 わからなかったら一体この問いになんの意味がある。「私にも可能性がある」じゃ意味ないんだ。それは「××さんにも可能性がある」ってことだから。可能性ってややこしい。

「先輩、言ってくださいよ」

「え、じゃあ××さんは? 俺二択に絞ったじゃん。××さんは限りないじゃん。××さんも二択に絞ってよ」

 今思うと、なんだその理屈は。

 私は賭けに出ることにした。私がある程度先輩のことを気にしてるということを言えば、先輩はきっと決心するはずだ、もし、私のことが好きならば、だけど。

 当たって砕けろだ。

「先輩ですね。上級生です」

「先輩。部活関係者?」

「はい」

「あー……じゃあ、××じゃん」(××先輩ってどう書くのかな?)

 何故そうなる。確かに××先輩はモテるんじゃないかと思ったが。

「××だ。絶対××だ」

「どーでしょーねー」

 いい加減気付け。そろそろきてもいいんじゃないか?ていうか私は一応女子だ年下だ。

 今思うとやばいすげーかわいい。

 でも私から言う気はなかった。こういうときは男が言うもんだろ、っていう変な理屈持ってたから。

 言え。と思った。

「先輩は××さんですか?」

「じゃあそういうことにしておこうか。××さんは××だもんね」

「どうでしょうかねー」

 ちょああああもうもどかしい!!とか思った。このくらいになると、確信が芽生え始めた。

 私は直球で行くことにした。もうこうなったら絶対逃がさねえぞと思った。

「もう先輩言ってください。私誰にも言いませんから」

「えーだって、気まずくなるよ絶対……」

「もう吐いちゃったほうが楽ですよ! 言ってくださいっ!」

「あ、なんだろこれ。なんか俺尋問されてるみたい……」

 してんだよ。

「言ってください、お願いしますから!」

 とか何回も繰り返した。もうこのときになると私は必死だった。今しかないと思った。早く吐けよと思った。私もそうだから。なんだよこれ。こんなgdgdで初々しすぎる男女いるか。

 で、そのあと先輩が遂に言う。

 しかし肝心のそれが曖昧なんだ……嬉しくて。

「××さん、じゃない」って言ったんだっけ。

 よっしゃ!と心の中でガッツポーズした。きたぜえええええええ!みたいな。

「一年、ですよね?」

「うん」

「一組ですよね?」

「うん」

「演劇部ですよね?」

「うん」

「文芸部にも……入ってますか?」

 この一言言うのは、すごい勇気いった。演劇部と文芸部兼部してる一年女子って絶対私しかいない。「私ですか?」って訊いてんのと一緒だから。

「……うん」

 よしきたあああああああああ!

「そうなると、あの、……私しかいませんよね?」

「そう、なるね」

「え、あ、あははははは」

 しばらく私は笑った。笑うしかなかった。

「だから気まずいって……」

 とかなんとか先輩は言ってたっけ言ってなかったっけ。やったぜ!って思いに溢れててよく覚えとらん。

 で、私も告白することにした。笑ったままはーって息吐いて、笑って、

「先輩ですよ。私、××先輩のこと気になってました」

 なんかまた、あーとかうーとか言ってた。で、先輩も笑ってた。

「え、いや、それないと思ってたな……」

「私もです」

「まさか今日だとは思ってなかった……告白するとしても、文化祭あととか、まあ、定演あととか……気まずくならないときに……」

「ですねー」

 私も文化祭くらいを目処に、と思っていた。

 でも先輩が恋の詩を送ってきたから。……待て、ってことはあの詩は私を想って書いたのか?

「え、だってどうしよう。めっちゃ気まずいじゃん。え、どうしよう」

「どうしますかー」

 私はなんか嬉しかったのでどうでもよかった。

 先輩がふとこう言った。

「え、どうする。……付き合う?」

「先輩が決めてください」

「いや、××さんの好きなように……」

「先輩が決めてください」

「え、だって、じゃあ……どうしよ」

 いやいやいや。もしかして私に主導権握らせようとしてんですか。それでいいんですか。

「じゃあ、付き……合う?」

「私はできればそうしたいです」

「じゃあ、まあ、そういうことで……うわ恥ずかしい。まさか今日とは思ってなかったなー……ていうかごめん。俺本当ヘタレだわー……」

 で、部室をあとにした。以下階段での会話。

「まさか私はないなって思いました。不細工だし」

「いや……××さん本当綺麗だし、性格もいいし、礼儀正しいし、……うん……自信持ったほうがいいよ」

「いやいや」

 職員室に鍵を返しに行って、下に降りた。

 ××先生と会った。

 こいつ変なやつだろーと言われたとき、

「いい先輩ですよ」

 と言っておいた。


 さて、一応前半部分が終わったので書きたくて仕方なかったが我慢していたことを書く。

 すげーヘタレ。

 てか、かわいい。マジで。

 というか、私心中で失礼なことばっか思ってるな……心の中じゃ先輩にタメ口ってか言葉汚ねえし。

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