いっそのこと、法で「死の権利」を与えたらどうだろうか。

生きていればいつか希望が見える、と人は言う。しかし実際それはわからない。ますます絶望してゆくだけかもしれない。

せっかくもらった大事な命を捨ててはならない、と人は言う。しかしその命は自分で望んだものではない。言うならば押し付けられた命だ。「生まれたい、命が欲しい」と思って生まれてくる赤ん坊がいるだろうか。芥川の『河童』に出てくる赤ん坊のように。わけもわからず、成り行きで持っているこの命をいらないと思うことだって、それはそれで道理なのではないだろうか。

生きられなくても生きられなかった人のことを考えなさい、と人は言う。生きたい人は生きるべきだ。生きたい人がきちんと生きることのできる環境が整うといい、とつよく思う。しかしそれとこれとはまたべつだ。生きられなかった人がいる、それはほんとうのことだ。しかしだからといって、どうして死んではならないことになるだろう？　「生きたかった人がいる」「死にたいと思う」このふたつの事柄は、直接には関係していないではないか。何故、他人の事情や理由で、死にたいと思う気持ちそのものを批判されなければならないのだろう？

理屈ではやり込めない。突き詰めて考えれば、自殺そのものが悪いことだとは決して言えないのだから。

もちろん死というものは大変なものだ。容易く「死にたい」などと言ってはいけない。自殺というのは、ちょっと現実逃避するのとはわけが違う。自ら命をたつ。ほんとうに、これは大変なことだ。

自殺は悲しみや怒りや後悔をたくさんうむ。多くの場合、すくなくない人々の心に深い傷あとを残していく。

冷たい話になるが、死体の処理だって大変だ。死体を見たりそれをかたづけたりなんて、おおよそ穏やかな気持ちにはなれない。電車に飛び込み自殺をする人を見て、電車に乗れなくなる人だっている。

自殺はとくにその家族に、一生の影を落とす。心理的なことはさっき述べた。それに加えて、自殺した人が家庭を支えていた場合、経済的な問題が発生する。配偶者は仕事に出て子供は進学を諦める。そして理不尽な傷を抱えることになる。

配偶者が、自殺した人の家族に責められることだってあるだろう。あなたが気がつけばこんなことにはならなかった、と彼または彼女はヒステリックに叫ばれる。新たな悲劇がうまれる。

友人が自身を責めることもある。どうして気がついてやれなかった、ときっと死ぬまで思い続ける。

自殺というのは、周囲に大変な影響を及ぼす。それも負の影響を。そしてその余波は長く、その記憶は深く根付く。

それでも死にたいという人はいる。実際に死んでしまう人もいる。ほんとうに自殺をしてしまう人は、理屈では止められない。もうその人の気持ちはかたく決まっている。どうしたって死を選ぶだろう。

それならいっそ、死なせてあげれば良い。倫理的に、社会的に、縛ることをしないで、見送ってあげれば良い。「死の権利」を法律に明記して、適用すれば良い。

この考えは、あるいは大変な間違いかもしれない。ほんとうに。道徳的にも倫理的にも、あってはならないことなのかもしれない。しかし死にたいと思いながら死んだように生きなければならない、これはこれでつらいことではないか。本人がよく考えて、それで選んだ道なら、そのことを認めてもいいのではないか。もちろん責任をとること前提で。この場合の責任というのは、周りの人への心理的な影響だとか、家族への経済的な影響だとか、そういうことを考える、ということだ。どうしても自殺をするならば責任をもってしなければならない。無責任な自殺はしてはならない。そしてなるべく、穏やかなかたちをとるべきだ。

嫌な話だ。とても嫌な話だ。死にたいと思う、そのこと自体がもはや悲劇だ。誰もが自分の意志で、平穏で満ち足りた生活を送ることができるのならばどんなにか良いだろう。しかし実際に自殺は起こっている。この事実から目を背けることはできない。

このような問題に正しい答えがあるとは思わない。しかしそれを模索していくことが大切だ。その時代その社会において、最も適切で最も穏やかな答えを選ぶ。そうすることで人間の精神は進化していく。常識というものは、日々変わっていかなければならない。

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