完璧主義とか、主に自分の話。
勉強をしていません。
夏休み(名前だけで、実際は半日授業)に入ってから、電池が切れたようにぱったり何もしなくなりました。家に帰ってもぼんやりと過ごす。ゲームをして、本を読んで、ちょこちょこ文章を書いて、多分家ではそれしかしていません。授業の宿題は学校の休み時間に済ませました。
勉強をしないと、これほどまでに生活は変わるんだと思いました。時間の流れというものをあんまり感じなくなる。時間が追いかけてこなくなる。ゆるやかな流れのなかで、何をしてもいいというのは喜びです。
もちろん現実問題として私は勉強をしなければならないし、このような生活がいつまでも続くとも思えません。永遠につづく無気力で緩やかな生活は、やがて私をすこしずつ蝕むでしょう。しかしそれにしたって、何もしない時間というものは必要です。ある時期において、それは絶対に必要なものです。
かつての私は多分、このような生活を一切許しませんでした。日々というものには、極端なものになると一時間というものでさえも、何かしらの意義がなければいけないと頑なに信じ込んでいました。しかしそのような考えかたをしていると、逆にものごとの本質を見失うことに、いつだったか気がつきました。
日々の意義なんてものはあとからついてくるもので、わざわざつくるものではない。そう気がついてから、ずいぶんと軽くなりました。……適度に手抜きもするようになりましたが。
中学生のころの私は本当に完璧主義で、思い出すと笑ってしまいます。例えばテストで98点なんかをとると、「2点とれなかった」と悔しがっていました。なんだか厄介な考えかたをしていたなと思います。テストの1点や2点よりも大切なことがあるのに、それがよく見えていませんでした。たとえテストで98点とろうが100点とろうが、ものごとの本質が見えていなければ、それはただの頭でっかちなのだろうなあと思います。
今でも私は完璧主義の気がありますが、妥協はしないけれど無理はしない、このほうが私の場合効率よくいくことが、やっとわかりました。テストで100点とらなくてもよくて、一日に5時間勉強しなくていい日々は、なんというか、良いです。
休息というものは大切です。
そう考え、ここ二週間ほどたっぷりと休んだので、今からまた元の生活に戻っていきます。結局のところ、けじめが重要なんですね、きっと。
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