2.妹よ
「彼女」――妹の
一卵性の私達は、当たり前だけどそっくりだった。性格も喋り方も趣味も似通っていたから、夏菜子に泣きぼくろが無ければ両親さえも見分けが付かなかったかもしれないほどに、そっくりだった。どこへ行くにも一緒で、私達はお互いが大好きだった。
名前は「
でも、高校生になった夏の日、私が夏風邪をこじらせたことで、私達は珍しく別行動をすることになった。
夏菜子は同級生たちと大型プールへ。私は部屋のベッドで安静に。「おみやげ買ってくるからね」と、いつもの笑顔のまま部屋を出ていった妹の姿を、今でも鮮明に思い出せる。
――夏菜子はその日に死んだ。プールの底にあった排水口に不備があって、彼女は巨大バキュームに吸われるみたいにそこへ引き寄せられ……そのまま溺れ死んでしまったらしい。
そこから半年くらいのことは、よく覚えていない。毎日泣いていたような気もするし、何もしていなかったような気もする。
覚えているのは、ただただ現実が信じられなくて、皆が妹とグルになって盛大なドッキリをやってるんじゃないかって、そんな益体もないことを考えていたことくらい。妹の葬儀はどうだったかとか、骨はちゃんと拾ったのかとか、学校へちゃんと通っていたのかとか、どれもほとんど覚えていない。
――私が最初に夏菜子の姿を幻視したのは、そんな中の出来事だった。
ある日、駅前の繁華街を歩いていた時のことだ。
まだ現実が受け止めきれなくて、寝ているのか覚めているのか分からないような状態でさまよっていた私の視界に、妹の姿が浮かんで見えた。人ごみの中、制服姿でこちらに微笑みを向けていたのだ。
「――夏菜子!」
思わず妹の名を叫びながら、私が駆け出した――その時。突然、目の前に大きな看板が降ってきた。近くのビルの壁にかかっていた物が、本当に鼻先スレスレのギリギリのところに落ちてきたのだ。
直撃していたら間違いなく死んでいたであろう、重くて大きな看板だった。
私はへたり込んで周囲を見回したけれども、既に夏菜子の姿はなく、血相を変えて私に駆け寄る人々の姿と周囲のざわめきだけが残されていた。
――それから、夏菜子は頻繁に姿を現すようになった。
彼女が姿を現すのは、決まって人ごみの中。人々の姿に紛れるように、微笑みをたたえたまま、じっとこちらを見ているのだ。
私は妹の姿を見る度に、反射的に彼女のいる方へと駆け出していたけれども……すぐにそれをしなくなった。夏菜子に近付こうとすると、もれなく私に災難が降り掛かってきたのだ。
ある時は、前方不注意の自転車に激突され、骨にヒビが入った。
ある時は、信号無視のバスが鼻先をかすめるように通り過ぎていった。
ある時は、見るからに「反社会勢力」な輩にぶつかりそうになった。
もちろん、私の不注意もあったのだろうけど、夏菜子に近付こうとして危ない目に遭わないことはなかったのだ。
やがて私は、妹の姿を人ごみの中に垣間見ても、そちらへは寄ろうとせず、むしろ距離を取るようになっていった。それでも、私の目の前で事故や災難は起こり続けたけれども……私が巻き込まれることはなくなった。
そして私は、こう思うようになった。夏菜子が姿を見せるのは、私を「あちら」へ連れて行く為なのだ、と。夏菜子は寂しくて私を呼んでいるのだ、と。
――正直に言えば、夏菜子のいる所へ行きたいと思ったことは何度もあった。けれども、両親を再び悲しませるようなことは、私には出来なかった。夏菜子に「ごめん」と謝りながら、私は今日ものうのうと生きている。
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