第127話 ヒーローの背中1

 先日、部屋に神薬が届けられるまで寝込んでから既に5日、ゼノ一行はネフラスカを出国する準備が完了した。

 午後にはこの国で売買する必要がなくなったので、体を休めて翌朝サンカイオーで出発する事になった。


 ゼノとミラはサンカイオーに乗り、雲の上からネフラスカと周囲の砂漠を眺めていた。


「なんでこの国はこんなにも歪になってしまったんでしょうね」


 明確な答えを求めての問いではなかったが、ふと口から漏れてしまっていた。


「恐らく最初はもっと真っ当で、国全体で生きるために生き残るために始まった政策だったんだろう。ミラも知っての通り人なんて少しの平和で直ぐに腐り始める。生き残るための政策は次第に豚が肥えるために捻じ曲げられ、長い時を経て今のような形にまでなったんじゃないか?」


 ゼノはネフラスカでただ単に目立つからと、人間嫌いだからと、引きこもっていたわけではなかった。

 皆の集めた情報を整理して可能性を考察して、なんとかしてフェリシアの生まれ故郷を暮らしやすくできないかと考え続けていたのだ。

 得られた情報から国の成り立ち等は推測できたが、1個人やその仲間だけで国を変えるのは不可能と出た。

 だからここまで流暢にミラの疑問に答えられたのだ。


「それって、とても悲しい事ですね」

「ああ、そうだな」


 無力を噛み締め遠くを見つめる男の横顔は、とても哀愁を放ち庇護欲を掻き立てられた少女だった。


 △△▽▽◁▷◁▷


 どのくらいそうしていただろう。

 会話もなく窓の外を眺めている2人の視線に、地平線上の彼方に急に砂埃が立ち始めた。

 猛烈に嫌な予感のしたゼノは運転席から立ち上がると後部へ移動した。


「ミラはここで監視、俺は中へ知らせに行く」

「はい!」


 ミラの返事を聞くや否や後部のドアから生活魔法の亜空間に飛び込む。

 そして入った瞬間に物質操作の応用で空気の振動を内部全域まで広げた。


「緊急事態の可能性あり、総員戦闘を前提に準備しろ! ジュティスとフェリシアは先に外に来て状況を確認して報告。繰り返す……緊急事態の可能性あり、総員戦闘を前提に準備しろ! ジュティスとフェリシアは先に外に来て状況を確認して報告」


 仲間に伝え終えると再びサンカイオーに戻り、最後尾へと移ると後方の地平線に異常がないか監視する。

 ものの10秒でジュティスが出てくると、そのまま反対のドアから外に飛び出し、魔法で飛翔しサンカイオーの屋根に乗って周囲の確認を始める。


「地平線から迫っている砂埃の先には蠍、蛇、蜘蛛で、鳥やイナゴなんかの飛行生物はいません」

「了解、ジュティスは街の様子を見て来てくれ、察知してるしてないで被害も俺達の対応も変わってくる」

「はい!」


「ミラ、俺は中に入って亜空間を改装してくる、君はフェリシアに魔物の種類を伝えてサリア達と打てる手を打ってくれ」

「わかりました!」


 ミラの返事を聞くと亜空間に片手を入れて衝突しないか確認してから入る。

 直後にフェリシアとすれ違うが外へとだけ告げて亜空間の上空に向かう。


 最悪ネフラスカの全住人を避難させるために、ここを開放しなければならなくなった。

 だが亜空間の地上部分はプライベートだけでなく、ラケル等秘密にしなければならない物も多い。

 なので地上スペースを可能な限り削り、地下空間の面積を限界まで広げていく必要ができた。


 天井は小城スレスレにまで迫り、床しかなかった通路は道幅が狭まった。

 何かの予定地等の空白地帯はなくなり、サンカイオーは出っ放しになるだろうからと駐車場も消した。


 地下へ向かい穴を塞いで落下防止をしてから階段を消す。

 地下の天井は息苦しさを感じないように5メートル程に低くしてから、余剰空間の全てを注ぎ込み床面積を広げていく。

 亜空間内の大規模改装にゼノの魔力はもの凄い勢いて消費されていくが、亜空間に保存してある魔力を吸収する事で補っていく。


 作業を終えて一息つく暇もなく亜空間の外へ出ると、殺気立つネフラスカ住人達と向かい合うようにして立つ仲間達、それが特等席で見える位置にアイドリング停車してあったサンカイオーの中に出た。


 幸い戦闘力の低いドーガンとウーリロはまだ亜空間の中だし、ミラもドアロックしたサンカイオーの運転席に着いている。

 何があったか大体予想のできたゼノはため息をつきながら車外に出ると、仲間の下へ向けて歩き出した。

 その後ろ姿は覚悟を決めた男の背中だった。

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