第38話 8日目


 昨日の試乗で2人は同じ車を気に入ったらしく。

 今日も2人して車屋を回り、どの店舗が1番値切りオプションを付けるか交渉行脚に向かうそうだ。

 ゼノも社会人として交渉の経験は何度もあるが、女性の買い物への熱意を知る為に同行は遠慮した。


 既に綿密なルートを決めているらしく、朝食は1軒目近くの店で食べ。開店までそこで待つつもりだと言っていた。

 普段着の2人を送り出してから、ゼノも装備を外して着替えた。


 

 午前いっぱいを、使って消費した物資の買い出しに。

 3人余裕で入れるサイズの石の風呂を買おうと思ったが、亜空間内の風呂予定場所までを移動させる手段がなくて断念した。

 代わりに木製で丸い、大きくした風呂桶型の風呂を購入した。


 昼食は焼き肉にタレを付けて、シャキシャキの葉物野菜で包んで食べた。


 午後からは風呂場に押して置いただけの風呂を、横から縦に起こす作業が待っていた。

 今は風呂の側面が床に着いたままとなっている。

 注いだ水圧に耐えるために、木材全てが厚く重い。

 更に金属の板で巻いて溶接してあるのだ。


 午前中。事故を起こさないようにゆっくり転がす、それだけでも心身共に消費し尽くしたのだ。

 そんな自分の何倍もある風呂を起こす。

 もし潰されたらと思うと、容易には踏み切れなかった。


 それでもゼノはやらねばならない。

 帰ってきた2人に風呂が入っているよと言う。

 そうすれば自分に対して少し好意を持たれ、今後発生するであろう扱いの悪化が緩やかになるのだ。


「こいつが軽いか重力が低ければ。こんな作業、楽に終わらせられるのに」


 潰れる恐怖を誤魔化す現実逃避を呟いた瞬間。

 あれだけ重かった風呂が宙に浮いた。


「ファッ!?なんですとーーー!?」


 自分も振り返って見る家具達もそのままで、風呂だけが浮いている謎現象。

 試しにゼノは。


「風呂を風呂場の奥に正位置で設置」


 と、呟いてみると。

 風呂がゆっくり宙を移動して、言葉の通りに移動して設置されたではないか。


「うおぉぉぉ!凄い、凄いじゃないか生活魔法!!えっ、じゃあまさか。風呂に湯を張れ」



「あれ?無理なのか?」


 何の反応もない亜空間に、ダメだったのかと風呂を覗いてみると。

 風呂の底から湯が湧き出てきていた。

 ゼノは何もない壁空間から、滝や水道の様に湯がドバドバと出ると想像していた為に。

 静かに湯が湧いてくるなんて、全く予想していなかった。


 まだまだ狭いが洗い場にすのこを引いて、道具やシャンプー等を置くステンレス棚も設置する。

 最後に風呂場を沈める様にずらして、湯が生活空間に流れない様にして完成。

 溢れた湯は常時吸収する設定にしてあるが、一応の保険だ。

 家主の特権と。ゼノは全身の汚れを亜空間に吸収させると、1番風呂を楽しんだ。



 これまた狭い脱衣所で、濡れた体を拭き着替える。

 体を拭いた物とは別のタオルで頭を拭きながら、居間のイスに座り麦茶を飲む。

 他の空間を切り詰めて無理矢理設置した、業務用大型冷凍冷蔵庫。

 おかげでコンロが、1口しかない熱伝導コンロまで小さくなったが気にしない。

 長旅でも肉や野菜が、新鮮なまま食べられる様になったのだ。

 2人も文句は言えまい。


(おっと、湯を張り替えておくか)


 念じると残り湯を吸収して、新しい湯が湧いているのを感じた。


(夕食は、2人が帰ってきてから相談しようか)


 酒を買っても良いかなと考えながら、ゼノは風呂の余韻を楽しんでいた。

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