第21話 3日目 2

 ヘタレは逃げ出した。

 声は聞いたばかりで、まだ忘れてなかった。だから誰かは直ぐに分かった。

 あれ程の巨漢を一撃で吹き飛ばした相手が、安全な話しを持ってくるはずがなかった。

 戦闘狂か脳筋かと、相手を決めつける事はしないが。強い上に平気で他者に声をかけられる人物が、戦闘力貧弱な新人と並び立つ等不可能だ。


 そう一瞬で判断して逃げ出したのだが、ギルドから出る前に回り込まれてしまった。

 この場から逃げるだけなら亜空間に入ってもよかったが。

 人目の多い場所で使ったら、余計な面倒まで押しかけてくるので使わなかった。


「へっ。このアタシから逃げようなんざ、いい度胸してんじゃないか」


 赤毛女が何か言っているが無視して、大きく息を吸い込む。


「かーじだー!!」


 危険が迫った時、助けてと叫ぶよりも火事だと叫ぶ方が人目が集まる。

 これは助けてだと個人への被害で済む場合が殆どだが。

 火事なら延焼して自分にまで被害が及ぶかもしれないと、確認の為に注目せざるを得ないからだ。

 そして、ゼノは叫んだ直後にまた叫ぶ。


「あれだけ強い人物が新人に絡んでくる!誰か、職員さん。助けてー!!」


「オメーには恥も外聞もねーのか!!」


 さり気なくミラを真後ろに移動させて、ハンドシグナルで去り隠れる様にと伝える。

 自分達を囲う輪からミラが出るまで、ゼノは赤毛女を相手にせずに叫び続けた。



 この後無茶苦茶、職員に怒られた。



「アタシの名はサリア、戦闘のB級だ。組んでた仲間3人が全員、ある男と結婚して引退してな。1人になっちまったから、よさそうなの探して旅の最中だ。んで今朝変なのにナンパされて、尻に触ろうとしたから殴り飛ばしたんだよ。オメー等に声かけたのは。今ある情報から危険を考える頭があるから、仲間に誘おうと思ったんだよ」


『お断りします』


 ゼノとミラの2人は、サリアの自己紹介が終わった瞬間に。声を揃えて勧誘を断った。


「なんでだよ!?」




 今3人はギルド1階にある個室で、テーブルを挟んで座っている。

 あれだけ叫んで騒ぎになったので、駆けつけた警備員に事情を説明したら説教を受けた。


 ゼノはいかに自分が弱いか、身を守る為に手段は選んでられないと力説した。

 しかし元戦闘万屋の警備員には通用しなかった。

 所詮強者は強者の理屈でしか考えない。

 ゼノはまたひとつ、世界の不条理を体感した。


 そして後からやって来た職員に仲裁され、説教された後に3人はこの個室に押し込まれた。

 しっかり、たっぷり、じっくり話し合いをして下さいねと。

 暗に仕事を増やすなと言われた。




「貴方はゴブリンと1対1で戦ってなんとか勝てる新人と組んで、お互いに不和を生まないと思いますか?」


「アタシとオメー等なら大丈夫だ!アタシの勘がそう言ってる」


(アカン。これダメな奴や)


 ゼノが内心頭を抱え、どう断ろうかと考えていたら。


「私は彼女と組んでもいいと思いますよ。もちろんリーダーは引き続きゼノさんがするという条件は付きますけど」


「えっ!?」


「よっし!!」


「彼女が入った場合、当然ですが私達2人にはかなりの恩恵があります。しばらくはその恩恵を一方的に貰うだけになりますが。それは私達が強くなるか、途中で彼女が抜けるまでです。それに私達と言うか、ゼノさんにはアレがあるので。ただ一方的な関係にはなりにくいと思いますよ。私も回復魔法が使えますから、治療費やポーション代金も節約出来ますし。更に」


「あー、参った。降参。俺も彼女のチーム参入を認めるよ。ただし俺からの条件は、しばらくの間ベッドはミラと一緒にする事だ」


 ミラの流れるような参入メリットの等列に、ゼノは白旗を上げた。

 これがゲームなら強キャラを使ったパワーレベリングだと思えるが。

 現実では実力に格差があると、かなりの確率で不和が起こる。

 強者が求めるアレくらいコレくらいは、弱者には不可能だったりするからだ。

 こんな程度やれ、いや無理だからが積み重なり。

 互いが互いを嫌い憎む様になるからだ。


 しかしミラには勝算があった。

 先のパワーレベリングに加え、サリアからの戦闘訓練で自分達の実力を上げる。

 サリアには街の外での安全な寝床に美味しい食事の提供。

 しばらくはサリアにとって弱い魔物相手になり、収入も減るだろうが。

 3人の実力が並びさえすれば、いいチームになれるだろうと思えた。


 ゼノはゼノで。


(これはチームに女性を増やしていけば、自然な形でチームを拔けられるんじゃ?)


 と、守りに入った賛成理由を思いついてしまった。

 老後の亜空間生活を充実させる為には、強くなり魔石や素材を集める必要がある。

 しかし、戦闘は怖いので頼れる前衛は歓迎と。ヘタレっぷりは健在であった。


 それぞれの思惑が一時的にピタリと重なり、ここに奇妙なチームが誕生した。

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