第3話 明暗の分岐点

 新人万屋チーム687のゴブリン討伐は、順調過ぎる程に順調に進んだ。

 五感能力の高い種族の2人が斥候役に居るのだから、索敵発見してからの先制攻撃による不意打ちが面白い様に決まる。


 エルフの弓矢と獣人の豪腕からの投石でまず2体が死ぬ。

 ゴブリンとの遭遇数が一度に5体までなので、そこからゼノ以外の男性陣が一殺すれば終了する。

 獣人がゴブリンの胸を踏みつけて骨を砕き、ゼノが右耳と胸から魔石を取り除いて次へ向かう。

 最初は魔石の取り出しもゼノが行っていたが、作業が遅いと八つ当たりした獣人が、ゴブリンの死体の胸を蹴ったら作業が速くなったので、次からパワーのある獣人が踏んで手伝っている。

 肋骨を破砕する時間が減ったのが理由だ。


 2時間で既に40のゴブリンを討伐し、右耳と魔石を得ている。

 登録以外の経費がかかっていないので、討伐結果だけ見れば黒字だが、街に帰ってからの食事や宿泊費用を考えると、全員分には全く足りない。


「おい、どうする? このままじゃ、全然金が足りないぞ」


 ヒトの少年がエルフと獣人に声をかける。

 回復魔法を使って見せた少女はともかく、戦闘能力のないゼノには見向きもしない。

 そのまま3人で固まって、小声で相談し始めた。

 しばらく待つと方針が決まったのか、ヒトの少年が少女に向かって話しかける。


「俺達はもっと奥まで行って狩るが、アンタはどうする? 行くか、帰るか」

「ここまでの分配はどうなりますか?」

「おっさんが持ってる麻袋は持って帰って、5匹分だけお情けでおっさんに。残りはアンタが貰ってくれ」

「いいのですか?」

「ああ」


 少女は少年に礼を言うと踵を返し、森の外へ向けて歩き出す。


「行きましょう。貴方は完全に足手まといだから帰れって言っていました。麻袋とナイフは恵んでやる、だそうです」

「わかりました。彼、口は悪いですが、性根は優しい人物ですね」


 ゼノの言葉に少女は頷く。

 ゼノもコミュニケーションを求めていないので、少女に着いて歩いていく。

 2人は疲労もあり、日が沈んでから街に到着した。

 ギルドでは討伐報酬と魔石の売却で、8000イエンになった。

 ゼノは1000イエン貰って少女と別れた。


 ギルド直営の安宿に少女は宿泊し、ゼノは6日振りに屋台で食事を買い食べ物を口にした。

 それまでは公共の水道の水だけだった。

 夜中まで公園の水道で体とスーツを洗い、鉄棒に干して半裸で寝た。

 以前より体力はなくなったが、免疫力は高くなったので風邪もひかなかった。


 翌日は金額が高く、作業着や道具もギルドが用意してくれる、地域のドブ掃除の仕事を選んだ。

 今更汚れる事に頓着しない、ゼノならではの選択だった。

 角スコップでヘドロを掬い、手押しの一輪車に乗せて指定の穴に運んで捨てる。

 ドブに対してメートル単位での出来高報酬で、24000イエンになった。


(もうずっと、ドブ掃除でいいかも)


 ギルドの古びたドブ掃除専用のシャワーも使わせて貰えたので、かなり興奮して思考が変になっている。

 雑貨屋で購入した石鹸が半分になったが、一般人並には清潔になった。

 半分残っていた石鹸がなくなったが、スーツもそこそこ綺麗になった。

 代わりに、更にヨレヨレにくたびれた。

 また公園の鉄棒に干して、その下で寝た。

 起きてから、金があるんだし宿に泊まればよかったと思った。



 万屋ギルドの営業時間は、朝8時から12時間の夜20時まで。

 突発的な魔物の被害もあるので、誰かしらのスタッフは常駐しているが。

 ギルドの営業開始時間に合わせてゼノも行動する。

 ギルドに入ると中は嫌な雰囲気で騒々しかった。


「昨晩。新人万屋チーム687のうち、3人の死亡が確認された。それと同時にキングゴブリンが軍勢を率いて、この街に向かっているとも報告を受けている。D級以上の戦闘万屋は防壁の外へ集まってくれ。他の者は希望者のみ陣地設営の仕事がある。いつもの様にタグの記録で報酬が増えるからな、無事に帰ってきて大金を稼いでこい!」


 台の上から手持ちスピーカーで説明しているギルドの男性職員。

 説明が終わって移動する戦闘万屋の邪魔にならないように、ゼノは壁際に立っていた。


(キングゴブリンに街が攻め滅ぼされたら、ドブ掃除しても無駄になる。陣地設営がいくらになるか分からないが、ここは手伝いに向かうとするか。それが何よりも、あの3人の仇討ちになりそうだしな)


 クイクイ


 考え込んでいたゼノの袖を誰かが引いている。

 そちらに意識を向けると、初日に行動を共にした仮面とローブの少女が居た。


「大した回復魔法じゃないですけど、私も後方で参加します。貴方はどうしますか?」

「俺も参加するよ、彼等には借りがあるからな。直接は無理でも、仇討ちの手伝いくらいはしたい」

「そうですね、私も同じ気持ちです。では、行きましょうか」

「ああ」


 ゼノと少女は、人の居なくなったギルドから出ると、防壁を目指して走り出した。

 ほんの数時間だが、行動を共にした仲間だった戦士達の為に。

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