第4話 発露

 万屋ギルドからの知らせを受け、森に続く防壁門以外は硬く閉じられた。

 近隣の都市にも伝令が飛び出し、キングゴブリン襲来の可能性ありと危険を知らせている。

 都市の外へと緊急車両が出て、向かってくる車両が有れば危険を知らせて追い返している。


 都市内部の住人には、自宅待機か避難が呼びかけられ。

 兵士には特例犯罪者殺害許可が出た。

 火事場泥棒等を検挙している時間と労力が勿体ないので、独自の判断での殺害の許可だ。

 この特例犯罪者殺害許可制度が出来てからは、魔物の侵攻等の異常事態での犯罪率が平時より激減したとの報告まである。

 誰も彼も、命をかけてまで盗みを行うほど、バカでも無謀ではないのだ。


 防壁の外では万屋も陣地設営に協力し、終了し次第ギルドに戻り待機している。

 深さと幅が5メートルの空堀とその土で作った防壁が、少し角度をつけて左右に3キロメートル。

 街の防壁門に繋がる部分だけは大地のまま残され、魔物を集める要所となっている。


 要所と空堀の前には深さ50センチ前後、人の腰回り程の穴が無数に空けてある。

 これにより集団での突撃は、一部が穴に落ちるので隊列が乱れ、十分に威力の乗った突撃が出来なくなっている。

 戦闘万屋からの弓や魔法に対する個人塹壕にもなるが、与える被害の方が大きいので、掘る深さを抑えることで採用されている。


 魔法のある世界でも近代文明まで発展すると、魔物の侵攻に対するマニュアルが完成しているので、科学と魔法を用いた陣地設営も的確で速い。

 4時間足らずで完成すると、決戦に向けて昼食が配られた。

 ゼノも仮面の少女と共に昼食を受け取り、イスが足りないので地面に座って食べ始める。

 少女の仮面は枠が残り、口元が開いて食事をしている。


「食後私は、回復要員として負傷者の治療に走り回ります」

「俺は君の側で万一の奇襲時に、肉の盾になるのが役目らしい」

「すみません。こんな役割を押し付けてしまって」

「何、構わないさ。俺には他に出来る事はないし。同じチームだった誼で君を守るのも、指示がなかったとしても当然の事さ」

(それに彼等も、この娘がワガママボディーだからこそ。格好つけて、ゴブリンの右耳と魔石を持たせたんだろうしな。この娘を守る事が、彼等に対する最高の手向けになるだろう)


 スプーンで豚汁を掻き込み、皿に乗ったお握りを頬張りながらゼノは思考を続ける。


(それに公務員でも、医療関係者でもない回復魔法師は貴重だ。他の将来有望なチームに引っ張られて行くだろうから。例え俺が今日生き残っても、もう会話する事すらないだろうな)


 満腹で動けなくては意味がないので、少々物足りないくらいで食事を止め。空になった食器を返却して、少女と共に横にイスが並べられた治療場所で待機する。



 1時間後。

 盛大に銅鑼が鳴らされ、ゴブリンとの戦争が始まった。



 最初は土の防壁の上から、弓による一斉射が繰り返される。

 穴と弓矢で突撃速度が落ちたら、魔法で広範囲に攻撃がされる。

 防壁の上からは引き続き遠距離攻撃がされ。

 唯一の防衛地点では、前衛の戦士達が漸く訪れた出番に奮起している。

 剣で斬られ槍で突かれながら、ゴブリンは徐々にその数を減らし。

 同時に人間側にも負傷者が出始め、少ないながらも死者も出ている。


 軽傷の者は実力の足りない回復魔法師の元へ送られ。

 重症の者は実力者の元に運ばれた。

 そして、手遅れの者は希望すれば介錯がなされた。


 仮面の少女は軽傷者を担当する程実力不足でもなければ、重症者を任せられる程実力者でもなかった。

 少女は実力者が来るまで重症者の命を繋いだり、重症ほどではない負傷者の治療に奔走していた。

 ゼノは周囲の状況を観察・把握しつつ、少女に次はどこに走るかを指示していた。


 数十分か数時間か。

 少女は走り回りしゃがみ、治療して立ち上がるとまた走るを繰り返していた。

 次第に足に力が入らなくなり、とうとう自分の足で走れなくなった。

 魔力はポーションで回復しているのでまだ余裕はあるが、1度転倒してからは立ち上がれなくなった。


「悪いが緊急事態だ」


 そう言うとゼノは横から少女の腹に手を回し抱え上げると、次の負傷者まで荷物の様に少女を運んだ。

 それから日没まで、ゼノは少女を抱えて陣地を走り回った。


 日が沈むとゴブリンは撤退し、万屋達も死者の回収やゴブリンの死体の焼却等に人員を割いた。

 戦闘万屋達は一部の見張りを残し、交代で食事と休憩に入った。


 その直後。

 誰もがないだろうと油断したタイミングで、アサシンゴブリンが街側から陣地を強襲した。

 食糧に火が着けられ、魔法師が狙われた。

 ゴブリンには、魔法師と回復魔法師の見分けがつかないのだろう。

 ローブを着用していたり杖を持っている者が狙われている。


 黒い肌をしたアサシンゴブリンは、当然仮面の少女も狙った。

 周囲の戦闘万屋は他の魔法師の護衛で精一杯の様で、とてもゼノに手を貸す余裕はない。

 更に間の悪い事に2体のアサシンゴブリンが追加され、ゼノと少女を囲んだ。


 戦闘の達人でもない限り、ゼノ達からすれば格上のアサシンゴブリンの攻撃は防げない。

 よしんば2人共が一撃は防げても、最後の1体の攻撃で少女は殺されてしまう。

 最早ゼノにはアサシンゴブリン3体の一斉攻撃に合わせ、少女に覆い被さるしか方法は残されてなかった。

 毒が塗ってあるのか、黒く不気味に篝火の光を吸い込むナイフがゼノの背中に迫る。

 死を覚悟し引き伸ばされた知覚が、リストラされてからの暗い感情を呼び覚ました。


 退職金も保証もなく、いきなり解雇された怒り。

 転職に失敗し浮浪者として生きた、惨めさと無力感。

 死を目前にした絶望と生への渇望。


「ちっくしょーがー!!」


 せめて自分がこの一撃を受け止めて時間を稼ぐ間に、誰かが少女を助けに来てくれると信じて。

 ゼノは少女の肩を、強く強く抱きしめる。


 そして。

 ゼノと少女は、その場から姿を消し。

 あとには獲物が直前に消えて混乱した、アサシンゴブリンが残された。

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