『69』


 シルクが捕食される中、何も出来ずに震えては麗音の名を呼ぶリリアル。


 目を閉じて、四肢を噛みちぎる惨たらしい音が、ベロベロ、クチャクチャ、ハァハァと鳴り響き……


「でしゅ? ベロベロ? ハァハァ?」


 ブンブンブブン! ブンブブンッ!


「ひぃ〜えぇぇっ、そ、そんなに舐めまわさないでぐだざいーーっ!? きゃぁぁぁーー」


 ブブンのブンブブンッ!


「だ、だからっ……そんなに表情崩してっハァハァしないでっ、ぐばらすっ!?」


「えーー……でしゅ」


 シルクは魔獣達に取り押さえられ、ひたすらに舐めまわされていた。魔獣達の振る尻尾が風を巻き起こし、木々の葉を揺らした。


 これには流石のリリアルも頭を抱えた。が、それと同時に安心したのは事実だ。

 見兼ねたリリアルは跳ねても揺れない小さな胸をピンと張り、頭の白蛇をシルクオンザ魔獣に向けた。そして『大きく息を吸い込んだ!』


「いい加減にしゅるでしゅぅぅっ!!!!」


 …………


 エロキモい魔獣達の表情が即座に凍り付き、元気にフリフリしていた尻尾は見事に萎びた。

 そして、リリアルの頭の白蛇が特大サイズになって威嚇するのを見ては、次々と地面を背に仰向けとなる。降参しまーす、のポーズだろうか。


 それにしても、この土壇場で能力が解放されたリリアル。メデューサは元々戦闘能力の高い種族であり、この時点でシルクの戦闘能力を軽く上回ってしまった。


「シャーーーッ!! death!!」


 魔獣達はしっとりシルクをリリアルに差し出して、少し名残惜しそうに尻尾を巻いて逃げて行った。それ程までに魔獣を虜にするシルクの香りとはいったい何なのか? その謎は一旦置いておこう。


「はぅ……リリアル、ありがとうございます……チーン……」


「しゆく、だいじょうぶでしゅか〜?」


「ヌルテカになりましたが、お陰様で生きております……ご、ご心配なく」


 シルクがねっちょり立ち上がると、リリアルの巨大白蛇が元のサイズに戻る。


「でしゅぅ……」


「リリアル!?」


 初の能力覚醒で体力を奪われたリリアルが、糸の切れた操り人形のようにガクンと膝をつき、そのまま地面に倒れ込んだ。


「と、とにかく安全そうな場所に移動しないと……ん、この音……近くに川があるのでしょうか?」


 犬達の声が消えた森で耳を澄ますと、微かに水の流れる音が聞こえた。

 シルクは倒れたリリアルを背中におぶり、スヤスヤ眠る麗音を両手で抱き上げた。

 飛ぶには体力も心許ないシルクは、仕方なく歩いて音のする方へ向かった。


 少し歩くと、やはり小さな川が横たわっていた。

 シルクは虚ろになっていた瞳を輝かせ、川の水を口にした。

 一頻り喉を潤したシルクは辺りをキョロキョロと見回し、誰も居ない事を確認し、汚れてしまったメイド服を脱いだ。


 綺麗好きな彼女は、髪を、身体を、特にねちょつきの酷い箇所は念入りに洗った。三つ編みを解いたシルクの髪は背丈を上回る長さで、流れる川の水に浮かんでは風に靡くように揺れている。


「……少し、邪魔かもしれませんね……」


 暫く水に浸かっていると、倒れていたリリアルが目を覚ます。シルクは寝ぼけ眼で辺りを眺めるリリアルの身包みを剥がし、


「でしゅでしゅでしゅぁぁぁっ!?」


 これでもかと磨きあげた。川で洗濯をするお婆ちゃんではないが、薄汚れていたリリアルはピッカピカになり、真っ白な髪も元通りに。

 その後、洗った服を乾かしながら、魔界での楽しかった日々を思い出す。


 シルクは敢えて楽しい思い出だけを口にした。

 そんな彼女の思考を理解してか、リリアルも子供達との思い出やケルヴェロスで遊んだ話を持ち出し、次第に笑顔を見せるようになる。


(この笑顔を守らないと……わたくしが……)




 陽も落ち始めた頃、川原にオレンジ色の光が射し込む。夕陽だ。

 この付近には果物も沢山なっていて、久々にまともな食事を取れそうだと少し安心したシルクだった。しかし、魔王レオンは未だに目覚めない。



 再び森に闇が訪れた。夜虫の鳴き声が響く中、人魂で何とか暖を取る。

 とはいえ、シルクの人魂はそこまで暖かいモノでもないのだが。そんな人魂の蒼白い光に照らされ、シルクの髪が靡いた。


「……ほんとに、いいでしゅ?」


「はい、構いません。お願い、出来ますか?」


「……もったいないでしゅよ」


「戦場にいる今のわたくしには、邪魔なだけですから」


「ぬ〜、わかったでしゅ……」


 リリアルは力を解放し、頭の白蛇の形を変えた。


 ソレは闇夜で燃える人魂の光を反射し、次の瞬間、シルクに振り下ろされるのだった。



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