『68』


 山小屋の外に目をやったシルクの背筋が瞬時に凍り付いた。


(な、なんてこと……)


 外には四足歩行の狼に似た魔獣が数匹徘徊していた。口からは涎を垂らしながら、山小屋周辺の匂いを嗅いでいる。

 頭には、そう、丁度麗音の縦笛くらいの長さの角が生えていて、時折その角を淡い光が包む。


 白目の無い赤い瞳は鋭く、一目でこの魔獣が温厚な生き物ではないと推測出来る。


(ひぃ……あっち行ってください〜しっしっ! あわわわ〜 ガクブル)


 シルクはただ願うしか出来なかった。そして自分の能力が戦闘向きでない事を少しばかり恨む。


(いいえ、この力はレオンがわたくしにくれた力です……きっと何とかなります)


 しかし一向に魔獣は去る気配を見せない。


(まさか、わたくし、匂います?)


 シルクは汚れてしまったメイド服に視線を落とし小さく落胆の溜息をついた。

 ふと、麗音の言葉を思い出す。


         ——————


 >「ちょ、何嗅いでるんですかっ……しかも変な顔しないでくださいよっ、意味深ですっ……」


「シルク良い香りするもんね〜」


「な、何ですか、その良い香りって……うぅ、って、だから嗅がないでって!」



         —————— 



 麗音と出会い初めての海へ向かう道中、魔獣に襲われた時にした会話を思い出した。

 シルクは眠る麗音を横目に口元を緩める。


(大丈夫ですよ……ここでじっとしていれば諦めて帰ってくれますよ、きっと)


 シルクが息を潜めた、その時、


「わぁ! しゆく、見て見て〜いぬでしゅぅ!」


 ——————犬でしゅぅ!


 ————犬でしゅぅ!


 ——犬でしゅぅ!


 death〜!




 のち、犬、内部に突入、




「ひぃえぇぇっ、全速力ですーーっ!!」



 シルク、浮遊形態、オンザ、麗音&リリアル、


 全速力で山小屋を離脱! 森の細い獣道をあてもなく走る、否、飛ぶ!


(逃げないと! 逃げないと! 逃げないと〜っ!)


「しゆく、もっと高く飛ぶでしゅよ〜」


「む、無茶言わないで下さいっ!? ふ、ふふ二人も担いでっ、そんな高く飛べるはずないでしょう!?」


 シルクの頭に掴まったリリアルはプゥッと頬を膨らませた。拗ねている場合じゃないのだが。

 と、思うと次はくるりんと身体ごと後ろを向いて、追いすがる魔獣達と目を合わせる。回転した事でシルクの視界をリリアルのお尻が塞ぐ形となる。


「み、見えないのですがーー!?」


 両腕は麗音で塞がり、視界はリリアルのお尻で塞がれたシルクは制御不能になった戦闘機のようにジグザグに森を走り抜ける、否、飛び抜ける。

 運良く? 木々を躱しながら、とてつもなくキモい形相で追いかけて来る魔獣の追随に絶叫した。


(もっと、もっともっとはやくっ!)


 シルクが木を躱すと、その後方で木の折れる音が聞こえる。魔獣達は避ける事なく真っ直ぐに突っ込んで来るのだ。因みにキモい顔は更に血濡れて、もはや見れたものではない。


「はっ、つ、吊り橋!? し、仕方ありませんね、一気に抜けて橋を落とせば……!」


 一思いに橋を渡り切ったシルクは一瞬、後ろに振り返った。そして橋を人魂の炎で燃やして落とす。


「ふぅ、これで一安心……って、えー!?」


 しかし、魔獣達は反則級な跳躍力で次々と渡って来る訳で。


「し、しつこ過ぎるんですがぁ〜っ!?」


「しゆく、いぬ、すごいでしゅね〜!」


「凄すぎてドン引きですってーーーー!!」


 橋を抜け、再び木々に覆われた森へ入ったシルクの体力も既に限界を超えていた。

 しかし、息を切らしながらも必死に飛ぶシルクのメイド服が木の枝に引っかかり、あえなく転倒、その隙をつかれ、遂に追い詰められてしまった。


 シルクは麗音とリリアルを自らの後ろに庇い、息を飲む。


「しゆく?」


「だ、だだだ、大丈夫ですっ……わ、わわわたくしがっ、ふたりをっ守りますっ、からっ、オドオド」


 しかしそんな言葉も虚しく、リリアルの目の前でシルクは無数の魔獣達に飛びかかられ、その姿が見えなくなってしまった。


 リアル捕食シーンを目の当たりにしたリリアルは眠る麗音に抱き付いて小さくなった。ここに来てやっと、事の重大さに気付いたのだった。





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