『67』
木造の小さな舟が砂浜に打ちつけられている。
人は乗っていないようだが、その舟から二人分の足跡が伸びていた。
寄り添うように近い二つの足跡は、砂浜を抜けてそのまま森の小道へと伸びる。
決して大きくはない足跡が一つ。見るからに小さな足跡が一つ。
そんな二つの足跡を追っていくと、今にも倒壊しそうな、これまた木造の山小屋に行き着いた。
空は真っ暗で、曇りがかっている。
紫の月は、——見当たらない。どうやら魔界ではないようだ。次第に風が強くなり、ポツリ、ポツリと大粒の水滴が地面の色を変え始める。
——雨だ。
やがて本降りになった雨風が容赦無く山小屋を横殴りにすると、ガタガタと木片が壁を打つ。そして遂には風に飛ばされて夜の森の闇へ消えてしまった。
豪雨の影響で、山小屋から漏れていた声が掻き消された。少女の啜るような泣き声だ。
「でしゅぅ……ぃっ、うぅっ、ひっく……」
声の主はメデューサの少女、リリアルだ。
あの時、——麗音が気を失った後、サイの決死の時間稼ぎで魔界を脱出したシルクとリリアルが、今にも崩れそうな山小屋で身を隠しているのだ。
泣いてばかりのリリアルを抱きしめながら優しく宥めるシルクの表情は勿論、芳しくない。
やがて泣き疲れて眠ってしまったリリアルを横にして、シルクは小さく息を吐いた。
「……サイ……皆さん……」
シルクはリリアルと反対側で昏睡する魔王に視線を向け、その柔らかな頬を撫でる。
「レオン……貴女はわたくしが護ります。貴女が目覚めるまで、何があっても……忠誠を誓ったのですから。いいえ、違いますね、友達、だからです」
麗音は答えない。ただ、小さな寝息だけが聞こえるだけだ。腫れていた頬も赤みは引いている。
脱出の際、ランドセルは一緒に運んだ。それは今、部屋の片隅に置いてある。
「寒いですね……リリアルが風邪をひいてしまいます。ふふっ、こんな時でもレオンは温かいですね。リリアルを温めてあげてくださいね、魔王レオン。わたくしは幽霊だけに、あまり温かくないので」
そう一人呟きながらレオンの隣にリリアルを寝かせて、自らは眠らずに夜間の見張りをする。
魔界を出て何日経ったか、それすら彼女には把握出来ていない。麗音が目覚めない事を考えると、それ程の時間は経過していないと判断は可能だが。
「……サイ……はやく帰って来てください」
そんな言葉に誰が返事する訳でもなく。ただただ豪雨が山小屋を叩く音だけがシルクの心を打ち砕かんと響くだけだった。
——
翌朝、昨日の雨が嘘のように空は晴れ渡り、照り付ける朝陽が木々を通り抜け木漏れ日となり、何とか持ち堪えた山小屋を照らしていた。
剥がれた壁から射した朝陽がシルクの停止していた思考を呼び起こした。
「はっ……わ、わたくしとした事が……眠ってしまうなんて……不覚です」
それも仕方のない事。彼女は魔界を脱出した後、一度もまともな眠りについていない。
やっとの事で陸に上がり、雨風を凌げる家屋を見つけ出した訳だから、限界が訪れても致し方ない。誰がそんな彼女を責められるだろうか。
リリアルは未だ昏睡し続ける麗音の身体にギュッとしがみ付き眠っている。目の周りは真っ赤に腫れていて痛々しい。白蛇も萎びていて見てられないにも程がある。
(恐らくここは人界……空も青いですし、それに花も咲いてます。魔界を出たのはいいですが、これからどうすれば……)
そんな思考を巡らせていると、外でガタンと物音がした。シルクは細い身体を小さく弾ませた。
(な、なんでしょうか……ソワソワ……)
シルクは恐る恐る、外の様子を確認した。
すると、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます