『62』
スフレに向かって光の槍が伸びる。
——チート能力、ミストルティンの槍——
自在に形を変えられる。その距離はおよそ半径十メートル。目にも留まらぬ速さで伸縮し、目標を貫く事に特化したチート能力と言うより、チート武器に近い代物だ。
その槍がスフレを貫いた。そして真っ赤な血が飛び散った——かに見えた。
間一髪でソレを躱したスフレは槍が元の形に戻るよりはやく、包帯男の懐に入っていた。
飛び散る血飛沫は先程の攻撃で負傷した左の太腿の傷が開いて散ったものだった。スフレは小さな両手を勇者の赤い鎧に突き立て魔力を込める。
それは一瞬の出来事で、槍が元に戻るより先に勇者の身体が宙を舞う。
「ぬぁっ!?」
両手から放たれたゼロ距離攻撃による衝撃で吹き飛ばされた勇者は槍を地面に突き刺しギリギリで転倒を免れた。
「き、さぁまぁ……っ」
「儂は魔界一、速いのじゃ! そんな槍の速度よりも、もっともっと速い……のじゃぁっ!!」
瞬時に風を纏ったスフレが、次の瞬間には勇者の目の前にいる。ツインテールが風に靡く。その背中には紫の月が覗き、緋色に輝く瞳の光は真っ直ぐに残像を残していく。
小さな手のひらは勇者の包帯に触れた。
容赦無く顔面でゼロ距離発射したスフレはその反動で後方へ転がっていく。勇者はと言うと、巻いていた包帯が破け、醜くセンターに寄った顔面を晒しながら同じく反対側へ転がる。
砂埃が舞う中、二人は立ち上がり無言で睨み合い、示し合わせたように、ほぼ同時のタイミングで地を蹴った。
一方、サイは城門の守りで身動きが取れない状況だった。数十人の攻撃を受けながら少しずつ敵を戦闘不能にするマッチョ。
「くそっ、化物がっ!」
「僕は……化物じゃないっ……人間の方がよっぽどじゃないか!」
そんな中、魔王少女レオンは最前線でモブ勇者達を次々と星にしていた。いつしか周囲に敵が居なくなり、城門付近の二人の援護に向かうべく振り返ろうとした。すると、
パチ、パチ、パチ、と、手を叩く乾いた音がする。
レオンは音のする方へ向き直った。
そこにはまだ星になっていない人物が立っている。黒いフード付きローブに身を包み顔は良く見えないが体格的に男性と推測出来る。
微かに見える口元は不適に緩み、まるでレオンを嘲笑うかのようだ。
「はぁ、まだ残ってたんだね……わるいけど星になってもらうよ!」
レオンは巨大ピコピコハンマーを構える。
『イヤ待テ、ロリ! コイツハ何カ違ウ……気ヲツケヤガレ! チート持チダゼ……』
クマデビルがレオンのお団子に隠れながら言った。
「チート……でも、さっきまでもチートさん居たよ? それでも消しゴムとハンマーで星にしたし、この暗そうな人も同じだよ」
『ロリマオー、油断ハ禁物ダ! チートモピンキリナンダゾ!? 忘レンジャネーゾ、コイツラハ前魔王ヲ討ッタ奴等ダ……コンナモンデ済ムトハ思エネーゾ!』
「むぅ〜! クマデビル心配し過ぎだよ! 見てて、今、星にしちゃうからね〜!」
『話ヲ聞ケッテノ! アーー、馬鹿野郎!』
レオンはハンマーを振りかぶり黒フードの男との距離を詰める。いとも簡単に懐に入ったレオンは下から上へ振り上げるようにハンマーを振った。
それは誰が見ても直撃するタイミングだった。しかし、ハンマーは
「うわぁっ、とっ、と、と……」
空振り
「しっぱいしっぱい、次は……当てるよ!」
空振り
「……あわわわっ!? ぷぎゃっ……」
勢い良くハンマーを振り空振りしたレオンは顔面から地面にダイブしてお尻をツンと突き出した。
その反動でクマデビルが頭から転げ落ちる。
すぐに立ち上がった魔王少女は男に向き直り、汚れたマントの埃を払った。そして少し恥ずかしそうに頬を膨らませた。
「ちょっと、避けないでよ!」ぷんぷん
男は振り返る事なく城門へ向かって一歩踏み出す。これには流石のレオンも腹が立った。眼中にないと無視されたのだから。
レオンは小走りで男を追い抜くと振り返り、ハンマーをしまうと筆箱から無数の鉛筆ミサイルを出した。両手を腰に当てドヤ顔でレオンは言う。
「これは避けられないもんね!」
わざわざ前に出るあたり、まだまだ子供だが、確かにこの技なら全てを避ける事は不可能だ。
ツーストライクで追い込まれたレオンは確実なヒットを狙いにいくつもりだ。
「はっしゃ〜!!」
一斉に放たれた鉛筆ミサイルが男に迫る、迫る! 迫る! しかし、
男はピクリとも動かない。
やがて砂煙が上がり『ギャース!』とクマデビルの悲鳴が上がった。
どうやら射線上に転がっていたクマデビルにも直撃したようだが、それはさておき、男も無事ではないだろう。
今度こそとピコピコハンマーを召喚、砂煙が消える瞬間を狙って振りかぶった。
——————!!
乾いた音、
「……痛っ……!?」
ピコピコハンマーは地面を跳ね元の縦笛に戻る。
レオンの右頰が真っ赤に腫れる。
衝撃でリボンは解け、片方のお団子が崩れる。
その際、真っ赤に輝く左眼が残像を残した。
小さな両脚は地面で数センチ滑り砂埃を立てる。
そしてもう一発、今度は反対側の頬が打たれた。打たれて右を向いていたレオンの顔は意思とは関係なく左に向く。
そんな彼女の左頬は右頰と同様に真っ赤に染まってしまった。
今度は片脚が浮き、尻餅をつきそうになった。何とか踏ん張ったレオンは右眼で男を見上げた。その瞳には涙が滲んでいる。
レオンが生まれて初めて味わったソレは、
平手打ち、つまりは往復ビンタだった。
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