『61』




 勇者襲撃に備え城門前で待ち構えていた麗音達にシルクから伝達が入った。


 敵の数、多数。今までのパーティー規模とは格が違う。勇者、否、勇者協会の本隊が本格的に東の魔界へ侵攻して来たのか、いや、これでもまだ一角でしかないのかも知れない。


 現在勇者協会は南の魔界と交戦中だ。そんな事情を魔界の子供達が知る由もないが。


 およそ数百人規模の勇者の大軍。

 それがワラワラと城に続く坂を登って来る。恐らく、チート持ち勇者もいるだろう。

 人相の悪い男達に性格の悪そうな女達。どう見繕っても正義の味方には見えない奴等が、刻一刻と城門へ向かって来る。


「な、なんか多くないかの!?」


 スフレの真っ赤なツインテールが跳ねる。


「サイは城門を! スフレはベロちゃんと上を! わたしは、……正面からいく!」


「レオン!? 一人で突っ込むなんて無茶だ!」


 麗音は縦笛を夜空に掲げ魔王少女に変身すると、二人に振り返り笑顔を見せる。

 そして、『大きく息を吸い込んだ!』


「魔王少女レオンッ! 参上っ!!」


 サイは大きな眼を瞬かせる。


「にしし、これ一回やってみたかったんだ! だいじょーぶ!! わたしが皆んなお仕置きしてくるから! こんな弱い者イジメみたいなこと……大っ嫌いなんだから! 行っくよーー!」


 真っ赤な瘴気を纏い、ランドセルの翼で小さな身体を浮かせた魔王少女レオンは、目にも留まらぬ速さで勇者の大軍に突撃する。


 瞬間、前方を歩いていた勇者が遙か遠くまで吹き飛んだ。教科書が緑色に輝くと同時に、突風が巻き起こり一撃で三十以上もの勇者を戦闘不能な距離まで吹き飛ばしたのだ。


 それを見たサイとスフレは顔を見合わせ頷き、自らも戦闘モードに入った。

 サイは着ていた服が破ける程のマッチョになり、レオンの取りこぼしが来た時の為、城門に挟まる。


 スフレはケルヴェロスの足元に風を作り出し、ケルヴェロスと共に空中へ飛び、そこからレオンを援護すべく瘴気を纏う。

 レオンより少し薄めな赤い瘴気は渦を巻き、遠くの勇者を吹き飛ばしていく。


「お前らなんぞに……この城はっ、儂らの家はやらせんのじゃーー!!」


 魔王であるレオンの考えを尊重するように、誰も殺さずに吹き飛ばし、圏外へ。

 それが皆で決めたルール、魔界の子供達は勇者と同じ人殺しになんてなりたくないのだ。何より、レオンの意思は絶対だ。


 それが忠誠を誓った仲間達の覚悟なのだろう。


 魔王少女レオンは消しゴムで魔法攻撃を相殺しながら巨大ピコピコハンマーでホームランを連発し、敵の数を減らしていく。


 剣士、剣士、魔導士、剣士、盾使い、斧使い、剣士、からの剣士! それらが次々と星に。


「いせかいむそーー!!」


 破竹の勢いで無双するレオンの耳に、それはそれは美しい旋律が流れ込む。


 歌姫セイレーヌの魔歌だ。


 魔歌はレオンをはじめとする仲間達の力を増大させる。そして、


「「ゔがぁっ!!」」

「「なんだこのっ、ゔた、はぁっ……!」」

「「頭がっ……」」


 勇者達、つまりは敵に対して状態異常をかける。

 レベルの低い勇者達は頭を抱えている。その隙にスフレが熱風を放ち場外ホームランを量産。


 しかしそんな魔歌を耐え抜きレオンとスフレの防衛線を抜ける勇者もいる。数が多すぎて二人では完全に相手をし切れないのだ。

 だが、


「この城門は死守する……この僕が!」


 マッチョな巨人のラリアットで五人の勇者が星になる。凄まじい威力だ。生きた城門は大木並みの腕を振り次々と勇者を押し返す。


「ぐっ、この化物がぁっ!! 怯むな城門を抜けて中にいる厄介な歌姫を殺すんだ! そうすればコイツらは弱体化するらしい!」


「おー!! この作戦が成功すれば俺たちもチート勇者だ! やりたい放題だぞ!」


 細身の髭勇者は両手に剣を構えながら叫ぶ。その声で勇者達が一斉にサイへ飛びかかった。

 サイは断固として城門を死守した。身体中傷だらけになりながらも、魔歌の少ない回復効果で踏ん張っている。


「サイ!? だ、大丈夫か!? 待ってろ、儂がそんな奴等吹き飛ばしてやるからの!」


 スフレが勇者達を背に振り返った、その時だった。


『ノォォォーーーーーーッ!?』


 ケルヴェロスが弓反りになって吠えた。


「お、おいケルベロス!? うわっ、な、何を感じておるのじゃ!?」


 空中で弓反りになったケルヴェロスから振り落とされたスフレは、お尻から思いっ切り地面に叩きつけられる。幸い大した高さではなかったので、ツインテールが跳ねるくらいで済んだ。


 見上げると、


『ぬおおおおおぉぉぉ……ほほほぅ……』


 ケルヴェロスの尻の穴に光が突き刺さっていた。


 ケルヴェロスの肛門に、(以下省略)——


「ケルベロス!? 大丈夫かぁっ……くっ、いったい誰なのじゃ……ど、何処から!?」


 やがて、スッと光の筋がケルヴェロスの尻から抜け、術者の元へ。その方へ振り返ったスフレは戦慄した。そこにいたのは、あの男だった。


「お、お前っ……だけはっ……許さんのじゃっ……お前だけはぁぁっ!!」


 ケルヴェロスが地面に落下する。

 肛門への強烈な一撃で防御力爆上がりの犬はダウン、完全に気を失った。


 そこに立っているのは、赤い鎧に身を包んだ、顔を包帯で覆い隠した男だった。顔が見えなくともスフレには分かる。この男が、親友の丸犬達やキュロットを殺した男である事が。


 男は包帯の隙間から見える片目でニヤリと不適な笑みを浮かべる。歯の抜けた間抜けな口元も緩む。

 その手には光る槍のような武器を持つ。

 恐らく、その槍の切っ先が伸びてケルヴェロスの肛門を貫いたのだ。


「あの時のガキか……貴様に用は無いのだがな〜」


「わ、儂には……あるのじゃ……」


「まぁいい。まずは貴様から串刺しにしてやるよ……この力……あの方に貰ったチート能力、


 ——ミストルティンの槍でな!!」


 スフレは横目でケルヴェロスを見る。息はある。本当に昇天しただけのようだ。

 安心したスフレは赤い瘴気を纏い風を自身の周囲に発生させた。そして首から下げた翡翠色の石の施された首飾りを掴む。


「まだそんなガラクタを持ってやがったのか……クソガキが! 目障りだ! オレはあの女を殺せればそれでいいんだよ! 雑魚は消えろ!」


 包帯の赤い勇者は槍をスフレに突きつけ叫ぶ。すると光を帯びた槍がスフレに向かって伸びる。その速さは尋常ではなく、


「……っ……の……じゃ……っ!?」


 スフレの髪に擦り、後方で倒れるケルヴェロスの尻に刺さった。驚くスフレだが、そんな時間は与えないとばかりに槍は元に戻る。

 すかさず第二射が迫る。次は左の太腿に擦り、そこから真っ赤な血が滲み出した。


「……そんな……(見えない、のじゃ……)」


 そして、三度目の攻撃がスフレに迫る。次は胴体へ真っ直ぐ伸びる。


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