STORY7◆防犯ブザー◆

『60』


 ここ、魔界ヘル=ド=ラドの魔王城は本日も平和だ。

 数回の勇者襲撃も皆の力により撃退。お帰りいただいた。

 既に三週間以上魔界に滞在している麗音は、時折空を見上げては小さく溜息をつく。


 魔界に居るのは楽しいが、やはり母が恋しい。

 夜空に浮かぶ紫の月が小さな魔王を優しく照らす。


 シルクとサイはそんな麗音を気にかけていた。変身して魔力が枯渇しない限り、麗音は現実世界には帰れない訳だから仕方ないのだが。


「だけど最近は勇者も来なくなったね、シルク」


「そうですね。わたくし達の強さに恐れをなした、とは思えないのですが、平和に越した事はありません。ここらで一旦、レオンを帰宅させるのも……」


「見るからにホームシックだもんね、レオン。でもどうする?」


「サクッと変身させて、一週間眠ってもらうのもありですかね。見てられませんよ、ほら、月なんか見上げちゃって……」


 その時だった。

 平和だった魔界に、あの音が鳴り響く。魔海への侵入を報せる警報装置が発動したのだ。

 破壊されていた警報装置だが、少し前にサイが修理した。そして皮肉にも装置は役に立ってしまった訳だ。サイは目を見開きシルクを見る。

 シルクは敢えて落ち着いた声色で、


「わたくしは子供達を……」と、浮遊形態になる。


 サイは頷き、警報に反応して遠くを見つめる麗音に駆けて行く。麗音はサイに振り返り「また、来たんだね」と声を漏らした。


「レオン、大丈夫さ。僕達は強い、勇者なんてやっつけてしまおう! それと、レオン?」


「なぁに? サイ?」


「今回は魔王少女に変身しよう」


「え、でも……変身しちゃったらしばらく帰って来れないし……その間に勇者が来たらって思うと」


「レオンだって、たまには帰らないと駄目だ。大丈夫、僕達、あれから勇者に無敗なんだからさ。その、チートあり勇者が来てないのもあるけれど、今ならチートだって倒せる自信がある」


「……サイ、うん、わかった。なら、全力で追っ払うよ! わたしがいない間はよろしくね!」


「任せてくれ。もう僕は、勇者には屈しない!」


 二人は向き合っては頷く。


「ここで準備して迎え討とう。夜中に外に出るのは得策じゃないし、この分だと深夜に勇者は到着する。それまで体力の温存も兼ねて交代で睡眠を取る。万全の状態で戦えるように」


「えー、こんな時にスイミング〜?」


 ……

 さて、勇者の襲撃に備えて籠城モードに切り替わった麗音率いる魔界の仲間達。


 中央にそびえ立つ塔にセイレーヌが陣取る。そこから魔歌を歌い援護する為だ。その後方には緊急脱出用の転移ポータルが設置されている。シルクの人魂の転移ポータルだ。


「うぅ、なの……なんか、普通にこわいの」


 シルクは戦闘能力は皆無なので子供達を任されている。人魂を全員のポジションとその他数ヶ所に設置、カメラモードで監視もする。

 敵の動向を逐一監視出来る便利な人魂である。この前は麗音の生着替えを盗撮しようとしていたが、それはこの際どうでも良い。


「しゆく〜、こわいでしゅ……」


「大丈夫ですよリリアル、皆んなも。サイやスフレも居ますし、それにわたくし達には魔王レオンだって居ます。だから、安心してくださいね」


 とは言え、不安がない訳ではない。震えるリリアル達を優しく抱いてやるのは一番お兄さんなガウルだ。ガウルは歯を食いしばる。


 そして城門前、そこに陣取るのは魔王レオン、碧色少年グリーンボーイサイ、その少し後ろにケルヴェロスに跨るスフレだ。


 風にゼラニウムの花が揺れる。


 麗音はランドセルを背負い、片手に縦笛を構える。



「……来る……!」と、サイが麗音を横目で見る。


「しつこいんだから……」


「返り討ちにするのじゃ……!」


 その時、人魂からシルクの声が響く。


「前衛に告げます! 勇者、目抜き通りを抜けて真っ直ぐ城門へ向かっています! そ、その数……え? そんなっ……


 …………数、……三十、いえ、五十!?」


 シルクの声が震えている。


「か、数え切れませんっ!!」


 麗音の瞳でも、ソレを確認出来た。


 魔王レオンは縦笛を夜空に掲げる。紫の光が彼女を照らす中、それを二回、クルクルと回転させた。


 そして『大きく息を吸い込んだ!!』






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