『59』


 グレン、アレスは息を切らしながらも、何とかレナの家の前まで辿り着いた。するとレナの母も同じタイミングで帰って来る。


 二人は事情を説明しレナの私物を一つ拝借する事に成功した。差し出されたのは、子供の頃からずっと大事にしている謎のぬいぐるみだった。


 ぬいぐるみの見た目はともかく、私物が手に入ったアレスは家の床に魔方陣を作る。そこにぬいぐるみを配置して準備は完了。

 短く詠唱するとぬいぐるみがプルプルと震え出し、何とも言えないシュールな絵が完成した。そして、カッと光を放つとぬいぐるみはグッタリと床に倒れ伏せた。


「街の南西部……」と、アレス。


「南西部……それって……」


「勇者が多く住む居住区だ。昔は亜人達みたいな他種族が住んでいた区画だよ。一般の人がそこに居るなんて、どう考えてもおかしい」


 それを聞いてレナの母は崩れ落ちた。花屋の少女のように拐われてしまったと即座に察したからだ。

 グレンはその肩を抱き言った。


「おばさん、まだっ……そうとは……くそっ、アレス!」


「わかってるさ、ボクも行くよ」


「いや、俺一人で行く……アレスは城で上手く誤魔化してくれ……」


「しかしグレン……」


「これは……俺の責任なんだ……!」


「そ、そうか……ならボクは手出しはしない。その代わり、絶対に彼女を救って来いよな?」


「当たり前だ……!」


 レナの母は俯き小さく頷くだけだった。



 ——



 街の南西部へ急ぐ白銀の騎士の表情はいつもの穏やかなソレではなかった。歯を剥き出しにし、獣のように走る姿に街の人々は怯み自ずと道を開ける。


 やがて南西部の居住区へ足を踏み入れたグレンはアレスの千里眼で特定した場所へ一直線に駆けた。


 到着したのは古い石造りの建物だった。古い看板には酒場を彷彿とさせる絵。元々亜人達が酒場でも営んでいたのだろう。


 グレンは躊躇なくドアを蹴破り中へ侵入した。想像通り、酒場のようなフロアに汚らしい男が数人、目を丸くしている。当然の反応だろう。


 そして次の瞬間、彼等は失神。


 グレンの鉄拳が間髪入れず男達の顔面を打ち抜いたのだ。辛うじて意識のある男の胸ぐら掴んだグレンは声を荒げる。


「レナは何処だ!!」


「ひっ、レナだと……あ、あぁ、地下の女か……くっ、お前、あの女の……ぶぎゃらすっ!」


 男の顔面が三日月型に変形した。

 グレンは三日月を無造作に投げ捨てると地下へ続くドアを蹴破った。


 異臭。嫌な匂いがする。グレンは息を呑む。

 そして恐る恐る、地下へ降りて行く。そこで彼が目にしたモノは、


「……レナ……」



 変わり果てた、レナの姿だった。



「んだぁテメェ!? 見ねぇ顔って……おいおい、騎士様じゃねぇか〜」


 男はレナの髪を乱暴に引っ張りながら覆いかぶさるような体勢で言葉を放った。レナのオレンジ色の瞳は焦点が合っていない。そんなレナの口からは意図せず甘い声が漏れる。


「は、はなせぇっ……今すぐレナから離れろ……でないと俺は……おれはぁっ!!」


「おいおいにーちゃん、よく見ろや、この女は気持ち良いって言ってんだ。ガキの出る幕はねーよ?」


 取り巻きの男達がグレンを挑発しながら歩み寄り、ナイフを取り出した。


「勇者のお楽しみに乱入するとかよ〜、死んでも文句は言えねぇぞ〜?」


 瞬間、グレンの拳が男の前歯を砕いた。砕かれた男は悶絶しながら床に転がって絶叫した。



「……死んでも文句を言うなよ、貴様ら……」



 ————



 地下は、——地獄とかした。先程まで、レナを辱めていた男達全員が、瞬時に物言わぬ肉塊と化す。

 死んだ。

 彼が殺した。帝国騎士グレンが、国民を守る筈の剣で、帝国の国民ヒトを殺した。首をはね、腕を斬り、心の臓を貫き、汚物イチモツを斬り落とした。


 汚された少女は言葉を発する事はなく、ただ、その光景を見てはケラケラ笑った。

「綺麗な噴水だね」と楽しそうに。


 グレンはマントを引き千切るとレナの身体を優しく覆う。澄んだ青い瞳からは涙が零れ落ちる。

 歯が砕けるのではないかと思わせる程の歯軋りが部屋に響く。


「レナ……すまない……俺がっ……俺がちゃんと家まで送っていればこんな事に……」


 レナが身に付けているのは腕にはめた腕輪ブレスレットのみ。勝気な彼女の面影は、そこには無かった。いつも悪態をついていた、そんな小生意気な小さな唇も今は白濁に汚されている。

 辛かっただろう、抵抗虚しく何時間にも渡り男達に弄ばれ、挙げ句の果てに媚薬を投与、快楽に溺れ、精神までも破壊されたのだから。


「……ぐ、……レ……ァタシ、汚れ、……チャ」


 レナは全てを言い切る前に、言葉を失った。


「レナ……!? ゔぅ……ゔぁぁぁっ!! ゔおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


 グレンは狂ったように泣き喚きレナを抱き上げると外へ飛び出した。そして血塗られた剣を振り上げると空へ閃光を放った。


 すると、何処からか巨大な飛翔体が姿を現し咆哮、街を揺るがした。飛翔体は飛竜、


 グレンの愛竜シリウスだ。

 竜族の中で最も人懐っこい馬車程のサイズの飛竜は人界の軍隊で馬代わりに使われる事がある。とはいえ、竜を従える事の出来る者に限るが。


 白銀の鱗が陽の光を反射する。人々が驚く中、シリウスは路地に着地した。グレンは無言でシリウスに飛び乗り、そのまま離陸する。


「……俺は……勇者を許さんっ……」


 グレンは剣を振り上げ、そこに力を込めた。血塗られていた剣身が真っ白な光を放つ。グレンはそれを振り下ろした。

 放たれた光の剣刃は真っ直ぐにある建物の屋根を粉砕した。勇者協会本部の看板が轟音を立て地面に落下すると、人々の叫びが響く。


 グレンはそんな声を掻き消すように、声を大にして宣言する。


「勇者共、貴様ら全員、この俺が討ち滅ぼしてくれる!! 例外はない! ……覚悟していろ……俺は、おれはぁっ、


 レナ=スピアーの騎士ナイト


 ————グレン=グリモアル!!


 ——全ての勇者を滅する者だ!!」



 白銀の竜騎士は去る。

 勇者協会を敵に回し、国を捨て、最愛の少女を抱いて、エリュシオンから姿を消したのだった。




 ——




「にゃっはぁ、これはこれは……一旦帰って報告しにゃいとにゃん。それに、『ゴースト』の奴の動きも気になるにゃん。

 東の魔界に戦力提供を要請しに行ったロザリニャもそろそろ帰って来る頃だと思うけど、まぁ、あのロザリニャの事にゃん、またのんびりしてるんだろうにゃん」


 街から少し離れた郊外の丘でピンとお尻を突き出した少女が、その立派なお尻から生えた尻尾を振る。

 金色ツインテールを風に靡かせ、ピンと立った猫耳が天を突く。

 髪と同じく金色の瞳は緩やかな下り坂、所謂垂れ目がちで、どことなくロザリニャに似ている。


 立派なお尻と太腿、それと対照的な胸元はピンと張ろうが全くもって主張しない。


「あ〜、ロザリニャのおっぱいが恋しいにゃん〜、帰ったらいっぱい揉んでやるにゃん!」


 そう言って人界の首都、エリュシオンを背に走り出す。その姿は、それこそ一瞬で点になる。




 ——



 そして、舞台は再び魔界へ——

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