『47』


 担任の大山先生に呼び出された麗音は重い足取りで職員室へ向かいそのドアを開けた。


 そこには待っていたとばかりに大山先生がいて、黒く焼けた肌から浮いて見える真っ白な歯を光らせていた。彼は怒っている様子はなく、寧ろ、麗音を心配して呼び寄せたように見える。


 普段の優等生な麗音を知る大山先生。

 授業中の麗音の行動が気にかかり呼び寄せた、それが真意、と見て間違いなさそうだ。


 彼は麗音を隣の応接間へ誘い、小学生の身体には大き過ぎるソファに座らせた。低いテーブルの上には、コップに注がれたオレンジジュース。

 麗音はそれを見てゴクリと喉を鳴らす。その姿はやはり幼い子供である。


「飲んでもいいよ。でも、クラスの皆んなには内緒だからね」


「わぁ、センセ、ありがとー!」


 麗音の心はいくらか晴れていた。

 それはサイやロザリニャ、ケルヴェロスの無事が確認出来たからだ。

 その反面、勇者達があの後死んだと思うと、やっぱり哀しい気持ちになる。


 麗音はコップを両手で持ち、大事そうにオレンジジュースを飲む。そんな彼女の前に座った大山先生は軽い口調で麗音に語りかける。


「陽向さん、何か悩み事でもあるの?」


「……え、あの……」


 麗音はコップを口につけたまま言葉に詰まる。


「先生で良ければ、相談に乗るよ? もしかして、お花が上手く咲かないとか? 先生のあげた花の種、あれはゼラニウムってお花の種でね、気温さえ適していれば咲かせるのは簡単なんだ。赤やピンクの綺麗な花が年中楽しめるし、先生も好きなんだよ。花を見ていると、何だか落ち着くんだ」


「ううん、違うのセンセ。お花の種はちゃんと植えたから」


「じゃあ、他に何か?」


「えっと……(どうしよう)」


 大山先生に異世界の話など信じてもらえる訳がない。麗音は幼いながらそう感じている。


「……クマ、デビル、だっけ?」ふいに彼が呟く。


「え? あ、えと……はい?」


「クマデビルって、あのゆるキャラのクマデビルだよね。陽向さんのランドセルにも付いてる。クマデビル、好きなの?」


「あ、うん! センセもクマデビル好き?」


「先生はね、そうだね、最近知ったところだから好きとかはないけど」


「そーなんだ……かわいーのに、皆んなわかってくれないんだよね〜」


 麗音は口先をツンと尖らせる。


「クマデビル、先生も少し調べてみようかな。ちょっと興味湧いてきたかも」


「ほんと? ふふっ、センセ、見た目と違って可愛いもの好きだもんね!」


「そうだね、可愛いは正義だからね。それより、陽向さんが元気そうで良かった」


「うん、ちょっと悩んでたんだけどセンセと話してスッキリした! 魔王城のお庭がお花でいっぱいになったらセンセにも教えてあげる!」


「……え、魔王城?」


「あ、あぁっな、何でもないですっ!」


 麗音は慌ててオレンジジュースを一気飲みする。眉をひそめる大山先生。


 その後、職員室を後にした麗音は教室へランドセルを取りに戻る。教室のドアは開いていた。

 麗音が中に入ると、そこには、


「「れおんちゃんっ!!」」


 仲良しの桜と舞が待ち構えていた。どうやら話が終わるまで待っていてくれたようだ。

 麗音はとても嬉しかった。


「待っててくれたんだ! ありがとー!」


 麗音は今日初めて、ちゃんと笑った。大山照男、彼と話した事と、魔界の皆の無事が確認出来た事、そして大切な友達の笑顔、それだけで麗音はとても気分の晴れる思いになった。


 今度魔界へ行けるのはクマデビルの話によると三日ほど先らしい。

 麗音は明日の日曜日、二人と公園に行く約束を取り付けて帰路につくのであった。



 ——



 家に帰ると、既に夕食の支度が。

 今夜は麗音の大好物のハンバーグだ。母の作る煮込みハンバーグに舌鼓をうち、その後、汗を流した麗音はいつもの白黒パンダのパジャマに着替える。


 麗音が部屋へ入ると、母も一緒に部屋へ入った。


「あれ、ママ? 今日は内職しないの?」


「う〜ん、ママ、疲れちゃったし今日は麗音を抱き枕にして寝ようかな〜」


「うえっ、抱き枕……いいよ! ママと寝るの久しぶりだね!」


「そうね……(仕事ばかりじゃダメよね)」


 母は麗音をベッドに寝かせ、自らも隣に入る。麗音はとてもご満悦。そんな麗音をギュッと抱きしめる母に身を委ねる。

 その表情はとても穏やかである。


「ねぇママ、今朝はごめんね?」


「ん〜? 何が〜?」


「ママに大声出しちゃったから」


「いいのよ、そんな時もあるわ」


「ねぇママ?」


「どうしたの?」


「お友達にひどい事する悪い人がいたら、やっつけちゃっていいの?」


「んん〜それは難しい質問ね。お友達を守る事は確かに大切な事。でも、それで人を傷つけちゃうと麗音が損をしちゃうわ」


「……損?」


「そんな人達の為に、麗音が手を汚すのは……ママはあまり嬉しくないかな?」


「じゃあ、どうすれば良いの?」


「そうね、ケンカの後は?」


「……あ、仲直り?」


「そう、ケンカはしてもいいわ。でも、仲直りすれば、次は友達になれるかも」


「ママは優しいね。ふふっ、ママにはむずかしい質問だったね!(あの勇者達と……仲直りなんて出来る訳ないのにな)」


「あらあら、さ、今日はおやすみ。明日、桜ちゃんと舞ちゃんと遊ぶ約束したんでしょ?」


「うんっ! ママ、おやすみ!」



(でもね、わたしはそんなママが大好きだよ!)



 麗音は母の胸に顔を埋め小さな寝息を立てる。そんな娘を抱き枕にする母もまた夢の中へ。


(おやすみ、麗音)



 ——

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