『48』


「朝が〜、キター!!!!」



 朝、寝癖でメデューサ化した麗音が飛び起きる。ペタペタと裸足で小走り、ドアを開けると直ぐにキッチン、麗音はジャーンとキッチンに立つ母の前にジャンプで登場した。


「あら、おはよう麗音。今朝は早いのね?」


「遊ぶ約束してるからね〜、ん、ママそれは?」


 麗音は鼻先をくすぐる甘い香りに反応すると、母の手元にある透明の袋に視線を合わせる。麗音の跳ねた髪がクルンと更に跳ねる。


「公園に行くんでしょ? オヤツにクッキー焼いたから、持って行って皆んなで食べてね?」


 透明の袋を可愛いリボンで結び、小さなポーチの中に三つしのばせた母は、それを麗音に差し出した。麗音は垂れ目がちな瞳を輝かせ「ありがとうママ!」と目も眩むような笑顔を炸裂させた。


 いったい母は何時に起きたのだろうか。


 それはさておき、朝食を済ませ髪をお団子に結ってもらった麗音。服装は勿論、黒いワンピース、と、言いたいところだが、本日は公園で遊ぶ訳だ。


 麗音は少し悩み、白い七分袖のシャツに黒いホットパンツに決め着替えも完了する。やはり彼女はシンプルな白黒が好みのようだ。頭にはシルクにもらった黒いリボンがピョンと跳ねる。


 陽向麗音、休日仕様、完成である。



「いってきま〜す!」


 元気に家を後にした麗音を見送った母は、玄関のドアが閉まるのを見届けた後、残り物のクッキーを一口食べて頬を染める。


「う〜ん、我ながら完璧っ……よーし、それじゃ始めますか〜」


 甘いものが大好きな母は、内職部屋に足を踏み入れる。昨日やらなかった分の内職を今から片付けないといけないのだ。


(これも麗音の為)


「ファイト〜!」



 ——



「「れおんちゃんっ!!」」


「さくらちゃんにまいちゃんっ、おまたせ!」


 親の苦労を知ってか知らずか、子供達はキャッキャと騒ぎながら公園へ向かう。


 道中、お爺さんの連れた老犬の鼻を突いたり、野良猫に話しかけたりする麗音達。そんな少女達を見て口元が緩む町の人々。


 この三人は町でも有名なくらい仲が良く、そして人懐っこい為、皆に可愛がられている。

 公園に行くには町の商店街を突っ切るのが一番。麗音、桜、舞の三人は眩しい笑顔を振りまきながら商店街を駆けていた。


 そして、



「「「公園、キターーー!!!」」



 無事公園に到着、したのは良いのだが。


「何だか荷物増えちゃったね〜」


 麗音の両手には持ちきれない程のお菓子。


「これじゃ遊べないよ〜」


 同じく、桜の腕の中にも山程のお菓子。


「ねーねー、食べちゃおーよ!」


 舞は嬉しそうにピョンと跳ねる。しかし、跳ねた事で両手からお菓子が落っこちてしまう。舞は慌てて拾おうとするが、どうにも両手が塞がっていてはいけない。

 そんな時、拾えずに泣きそうな舞の頭をポンと叩いた人がいた。

 彼はそのまま屈むと落ちたお菓子を手に取り、涙を浮かべる舞のお菓子の山に乗っけた。


「あーっ、くろかたじゅんさぶちょーけいじ!」


「ハハ、自分はただの黒刀巡査だよ。それにしても、今日は大量だね」


 爽やかな笑顔、色白で切れ長の眼。少女漫画に出てきそうなイケメン巡査、黒刀くろかたただしは帽子をとり麗音達に笑顔を見せる。


 爽やかだ。


 麗音は瞳を輝かせ憧れの正義の味方を見上げる。


「くろかたけーぶほも公園で遊んでるの!?」


「あ、いや……パトロールだよ……」


「なぁ〜んだ。一緒に遊びたかったな〜」


 麗音は頬を赤らめ小さな身体をうねらせる。舞はそんな麗音と黒刀を交互に見てはまん丸お目目を瞬かせる。桜は一人散歩中の犬と遊び出す。

 どうやら桜センサーに爽やかイケメンは反応しないようだ。そう、彼女、井上桜はマッチョな黒光り男子しか目にないのである。


「麗音ちゃん、また非番の時に川で石投げでもしようね。今日はこの後交番を離れられなくてね」


「うんっ、約束だよくろかたほんぶちょー!」


「自分はただの巡査だからね、麗音ちゃん」


 二人が顔を見合わせてクスクスと笑った、

 その時、



「きゃーーっ!!」

「ひ、人が刺されたぞ!?」



「何っ!?」


 女性の甲高い悲鳴が聞こえる。かなり近い。

 黒刀は咄嗟に帽子を被りなおす。その瞬間、切れ長の眼が一層鋭くなる。

 何も言わず声のした方へ走り出す黒刀。

 麗音は持っていたお菓子を全て舞に預けて黒刀を追う。凄まじい回転力を誇る小走りだが、それを更に上回る黒刀の走り。


 二人の距離が離れていく。


「くろかたっ、じゅんさぶちょー、はぁっ、けいじほんぶちょーっ……はぁはぁ、は、や過ぎ……」



「……動くな」



「……へ?」


「ガキ……動くなよ……動くと殺す……」


 麗音の首元に空の雲を映す刃が突きつけられる。背筋が凍るような感覚が麗音を襲う。腕を後ろ手で捻るように拘束された麗音は痛みに悲鳴を上げた。

 それに黒刀が気付き戻って来る。黒刀は鋭い眼で麗音を拘束する何者かを睨み付ける。


「その子を……離せ」


「う、うるえーっ、俺はっ……俺があの女にどれだけ注ぎ込んだかっ……それを……だから顔面を切り裂いてやったんだ、当然の報いだ!」


「女性を切ったのもお前だな……お前を拘束する。その子を離して大人しく降伏しろ」


「くろかたっじゅん、さっ……痛っ……ぅっ」


 どうやらこの男、かなりの危険人物と化しているようだ。女にフラれ逆上したのだろうが、精神状態が相当に不安定だ。

 下手に動けば麗音の命が危ないだろう。

 黒刀は男と睨み合い隙を伺っている。


 遠くで救急車のサイレンが聞こえてくる。


 先程黒刀が要請した救急車だ。周囲にいた住人に女性を頼み犯人を追っていたのだが、見失い、あろう事か麗音を人質に取られたのだ。


 ——






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