『31』
ケルヴェロスが龍に喰われていた。
「ドラゴン、キターー!!!!」
麗音は目を輝かせ叫んだ。
『いだだだだっ、は、はなさぬかっ!?』
「でも、ドラゴン、小さくない?」
「小さいね、ドラゴン」
ケルヴェロスの顔面に噛み付いた小さな龍は二人の視線に気付きビクンと翼を反応させた。サイズで言えば、ケルヴェロスの頭一つくらいの小さなドラゴンだ。
とはいえ、ケルヴェロスの頭はかなり大きい。子供一人分の大きさと思ってもらえれば想像はつくだろう。黒い鱗に身を包んだ小さな龍はケルヴェロスの濡れた鼻を前脚の爪で数回引っ掻いて地面に着地、そのまま背を向けて走り出した。
「あ、逃げた!」
「レオン、追いかけよう!」
『我は残る……ぶぴゅっぴー……』
とてつもない回転力を誇るチビ龍の小走りに何とかついて行く二人だが、入り乱れた螺旋の坂道を登ったり降りたりで徐々に体力が奪われていく。
途中、挟み討ちにしようと試みるがヒラリとかわされ顔を打ち付けたり、派手に転んだ麗音のお尻がサイの顔面を埋め尽くしたり、とにかく捕まらない。
「す、すばしっこいよ〜、こ、こうなったら……」
麗音が魔王少女に変身しようと縦笛を取り出した。しかしそれをサイが止めた。
「レオン、変身は控えた方がいいかも。またこの前みたいに倒れちゃうかも知れないし、いざとなるまでは温存した方がいい」
「あ、そ、そうだね。確かに二回とも変身した後に戻ってるし……わ、わかった。それじゃ頑張って捕まえるしか、ないねっ!」
麗音はランドセルを下ろしてワンピースをグッと捲り上げ再びチビ龍を追いかけ始める。サイは少し顔を赤くしたが、すぐにその後を追った。
その後も追いかけっこは続いた。体力無尽蔵のチビ龍も流石に疲れが見えてきたのか、動きが少しずつ鈍くなる。息を切らして行き止まりまで追い詰めた麗音とサイが少しずつ、一歩、また一歩と距離を詰めていく。
『キュー!!!!』
「だ、大丈夫……ちょっと話を聞きたいだけだから……ね?」
『キュ……』
チビ龍は怯えて小さくなってしまった。もはや逃げ道はないと覚悟を決めたようだ。
その時、
「お、お前達っ……キュロットから離れろなのじゃ!」
聞き覚えのある声が聞こえる。振り返ると真っ赤なツインテールを風になびかせるスフレの姿があった。二人が彼女に気を取られている隙を見て、チビ龍が包囲網を抜ける。
「あ!」
手を伸ばすが届かず、チビ龍はスフレの後ろに隠れてしまった。
「大丈夫かキュロット……うぬぬぬ……人間め。キュロットを捕まえて食べるつもりじゃな……そ、そそ、そうはさせんのじゃ……!」
スフレの身体を真っ赤な瘴気が包む。
そんな彼女にサイが話し合いを提案する。しかし聞く耳持たないスフレは二人に勝負を挑む。
「どうする? 何がなんでも勝負する気だよ?」
「う〜ん、それならこうしよう!」
麗音はスフレの勝負を受ける事にした。ただ、その勝負とは……
「のじゃ……? しり、とり?」
「うん、しりとり! ルールは今言った通りで、ん、がついたら負けだよ。わたし達が勝ったらスフレには仲間になってもらうからね」
「ぐぬぅ、よし、その勝負受けるのじゃ。人間なんぞに負ける訳にはいかないのじゃ」
「それじゃ、始めるよ。ケルベロス!」
こうしてスフレvs麗音、サイのしりとり対決が始まった。
「す、す、スープ、なのじゃ。ほれ、プじゃ、プ」とスフレが答えるとサイの順が来た。サイは「プチトマト」と答え麗音に振る。
麗音は「トリカブト!」と即答。
少し考えたスフレは「と、豚汁……」と答えた。
魔界に豚汁やプチトマトがある事は触れずに、サイの順。
「ルアー」と、サイ。
「あ、あー、アリ!」と、麗音。
「り、林檎?」と、スフレ。
「ご、ご、ゴリラ」と、サイ。
ゴリラの存在はさておき、お互い一歩も譲らない熾烈な戦いが繰り広げられる。
そして、
「はい、次は、ぱ、だよ?」
麗音からのパスがスフレに渡る。スフレは首をひねり考え込んだ。この時点で既に『ぱ』を三度も振られているスフレが絞り出した答えは、
「ぱ、ぱ、パン……あ……」
「あー、スフレの負けー!」
「のじゃぁっ! い、今のは無しじゃ!」
スフレは頬を真っ赤にしている。するとサイがある事に気付く。
「スフレ、もしかしてお腹空いてるのかい? 待ってて、パン、持ってきてるから」
「そ、そんなんじゃない……のじゃ……」きゅぅ
熾烈な戦いの中、スフレの答えは全て食べ物関連だった事に気が付いたサイは彼女の空腹を察した。すぐにカバンからパンを取り出し、それをスフレに差し出した。
スフレはプイッと横を向いてしまったが、視線だけはチラチラとパンを見ている。
「僕達の話を聞いてくれないかスフレ? 今、僕達には仲間が必要なんだ。君だってわかるだろ? 今の魔界はいつ残党狩りに遭ってもおかしくない状況なんだ。この前だって、レオンが……魔王レオンがホワイトビーチで勇者を倒してくれたんだ」
「む……あの時の警報の……うぬぬぬ」
「レオンは人間だけど、僕達の味方だよ。魔王子ヘルデルク様が異世界から召喚した最後の切り札なんだ。だから僕達はレオンに忠誠を誓った。君だって、ヘルデルク様の事は……」
「わ、わかっておるのじゃ。魔王子ヘルデルク様が召喚したとなると、それは絶対じゃ……けど、人間なんぞ……皆んな……死ねばいいのじゃ……人間は、父様も母様も皆んな殺したのじゃ……儂の目の前で……儂は……人間が許せないのじゃ」
スフレはパンを受け取らない。サイは困った表情で麗音に視線を送る。
麗音は少し考えては立ち上がり小さく深呼吸する。
「わかった。なら、わたしをぶって……き、気がすむんなら……ぶてばいいよ……人間が嫌いなら……っ……」
いきなり何を言い出すのかとスフレは目を見開いた。麗音はそんなスフレの目を真っ直ぐに見つめて小さく微笑むと目を閉じる。
サイはこの場を彼女に託す事にした。
スフレは麗音の前で立ち尽くし、目を閉じた人間の顔をじっと睨む。麗音はピクリとも動かない。しかし、脚は小さく震えている。
「……はぁ、もう良いのじゃ……」
スフレはそう言って横を向いた。風になびくツインテールの少女はため息を一つつくと、サイからパンを取り上げ半分に割るとその大きな方をチビ龍キュロットと丸犬達に食べさせてあげた。
残りは自らの口に放り込み飲み込むと、
「……条件があるのじゃ……」と麗音を見る。
「条件?」
「仲間になる条件じゃ。この犬達と、キュロットに毎日ご飯をやること。それと、その……出来れば、お、お風呂に入りたいのじゃ……池の水は冷たいのじゃ」
条件を聞いて安心した麗音は膨れっ面のスフレをギュッと抱きしめた。突然の抱擁に戸惑いの色を隠せないスフレはサイに助けを求める。
しかしサイはニコニコと笑うだけ。
「のじゃ〜、離すのじゃ〜」
「さみしかったんだね、わかったよ。皆んなのご飯の心配はいらないよ? 勿論スフレもね。お風呂だって毎日入れるよ。油断すると色々失っちゃうかもだけど……あはは」
「うぬぬ……くるしいのじゃ……(失う?)」
「スフレは絶対ぶたないって信じてた。だってさ、こんなにお腹空かせて……やっぱり、思った通り優しい女の子だったんだね」
抵抗していたスフレの動きはやがて止まり、仕方なく身を委ねる。素直じゃないスフレだが、まだまだ麗音を信用した訳ではないのだろう。
しかし勝負は勝負。
負けたら仲間になるという約束を破る訳にはいかない。それに食料も底を尽きていた。丸犬やキュロットの事を考えても、意地を張っている場合じゃないと考えたのだろう。
こうして何とかスフレの説得に成功した麗音は魔王城へ向かって獣車を走らせるのだった。
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