『30』
【
そこに彼女、孤高のスフレはいた。
スキュラ種の彼女は人型の上半身に獣の下半身を持つ……筈なのだが、どうやら彼女は上半身と下半身が分離しているようだ。
真っ赤なツインテールを揺らすスフレの移動は丸々太った犬達の役目。丸犬に乗り移動した先、そこからは魔界が一望出来きそうな、壮大なパノラマが広がっている。
この場所はスフレのお気に入りスポットだ。
風になびく髪、つり目がちな緋色の瞳、赤いシャツにオレンジ色のオーバーオール姿。魔王城に奇襲をかけた時と同じ服装だ。
風の吹く音に混ざって、きゅぅ、と音が鳴る。
丸犬達はスフレを見上げ心配そうに、くぅーん、と弱々しく鳴いている。スフレは頬を染め丸犬達に悪態をつく。
「な、何なのじゃ……儂は別に……お腹なんて空いてないのじゃ……」
そんなスフレに丸犬達は一欠片のパンを差し出しては尻尾を振る。サイが毎朝用意してくれている今朝焼いたばかりのパンだ。
シンプルな焼きパンにほんのりと甘い砂糖が振りかけられている。
「それはお前たちが食べろなのじゃ。儂はまだ、大丈夫なのじゃ」
そう言ってはいるものの、思わず唾を飲み込む。丸犬達はパンを食べずにスフレをつぶらな瞳で見つめているばかり。
スフレはそのパンを手に取る。パンを手に取った右手が小さく震える。落とさないように、それを両手で持ったスフレは小さな口を開け一口、パンを食べた。
「……っ」
二口、三口、と餌を与えられた家畜のようにパンにかぶりつくスフレ。
「っ……おぃ……はむっ、し、いっ……の……」
丸犬達の頭に大きな水滴がポタポタと降り注ぐ。丸犬達はそれをペロペロと舐めては尻尾を振っている。途中、喉を詰まらせながら完食したスフレは止まらない涙を何度も拭いながら、誰にも聞こえないくらいの小さな声で言った。
「ごちそうさま……なのじゃ……」
——
【魔王城、城門前】
「それじゃあ僕達はスフレを説得に行くから、留守番は頼むよシルク?」
ケルヴェロスに獣車を繋ぐ麗音を背に、サイが見送りで城門前まで来たシルクにそう伝える。シルクは頷き「くれぐれも気を付けてくださいね」と彼等を見送った。
城を出た麗音とサイの目的地は
中腹までの調査はサイが済ませてあるが、その先の山頂へはまだ行けていない。
サイの調査によるとスフレはその先、ドラゴンマウンテンの山頂付近に潜伏していると判明した。しかし、山頂へ続く道が何処にも見当たらないのだ。
「何処かに道が存在する筈なんだけど」
「とにかく行って色々確かめてみよう?」
「そうだね。レオンが一緒だと心強いよ。ケルベロス、いつもの道で中腹までお願い」
『我はケルヴェロスだ』
「ねぇねぇサイ? 着くまでしりとりでもしてようよ?」
「しりとり?」
麗音はしりとりのルールを簡単に説明する。サイはすぐに理解したようで、彼女の申し出を受けた。
「それじゃあ行くよ! まずは〜、ケルベロス!」
『我はケルヴ』
「ス、か。えーっと……」
——
ひたすらにしりとりをしていた二人の視界が一気に晴れた。森のエリアを抜けドラゴンマウンテン中腹に到着したのだ。
ケルヴェロスの顔面には枝という枝がこれでもかと刺さっている。かなり痛々しいそれを麗音が一思いに抜いた。続いてサイも刺さった枝を抜く。
やがて全てを抜き終わり本格的に道無き道の捜索が始まった。中腹は麓とは違って岩で囲まれた螺旋状の道が続いている。その一番上まで登って来た二人の前に断崖絶壁が立ちはだかる。
「行き止まりだねー」
「そうなんだよ、あの高い位置に道が見えるんだけど、そこに続く道が見つからないんだ」
「ドラゴンがいたらひとっ飛びなんだけどね」
「山の名前の由来は螺旋状の道を龍に例えたって話だから、実際にドラゴンはいないと思うよ?」
「えー、いないのかぁ」
残念そうにうな垂れた麗音を見てサイは少し意地の悪い返事をする。
「もし居たとしたら二人共食べられてしまうよ?」
「えー……それはいやだね……」
「ドラゴンは人界の秘境に巣食うって聞いた事があるよ」
「あれ、そういえばベロちゃんは?」
ふと静かになったケルヴェロスが気になった二人が振り返ってみると、
——何という事でしょう!
獣車に繋がれたケルヴェロスが半分食べられてるではありませんか!
「ド、ドラゴン!?」
「ドラゴン、キターー!!!!」
つまりは、そう、
ケルヴェロスが龍に喰われていた、という事。
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