『32』



 積載オーバーで魔の森林地帯を走り抜けたケルヴェロスは魔王城に到着するなり庭でへたり込んでしまった。


「ベロちゃんありがとね!」


 それだけ言って新たな仲間を紹介するべく城内へ駆けていく麗音の背中を見るケルヴェロスは、顔面枝と葉っぱまみれで小さくため息をついた。



 ——



 もはやリビングと化した魔王の間、そのテーブル上に次々と積み上がっていくお皿、お皿、お皿。


「お、おかわりなのじゃ!」


「は、はい……どうぞ……」


 これにはメイドのシルクも驚きを隠せないといった様子だ。テーブルの下では丸犬達とチビ龍キュロットがシルクの料理を取り合っている。


 サイはやれやれと頭を掻きながらそれを見守っていた。スフレはこのチビ龍を人間から守る為、一人で隠れ過ごしていたのだ。たまに山を降りては食料を調達し日々を送っていた時、サイとケルヴェロスを見かけ後をつけたらしい。


 そこで人間に忠誠を誓う魔物を見て思わず襲撃を仕掛けたのだという。その気持ちは他の魔物達も理解は出来る。だから、スフレを責める人なんて、この城にはいない。


 相当空腹だったのだろう。食べながら涙を流すスフレの体力も限界が近かったと見える。


「ふぅ……ご、ごちそうさまなのじゃ……」


 スフレはシルクに言ってはペコリと頭を下げる。シルクはすぐに頭を上げてと言い、スフレの頭に乗った葉っぱを取る。


「とりあえずお風呂にしましょうね?」


「のじゃ、お風呂っ」


「はい〜、ムフフ〜、さ、さ、行きましょうっ!」


「のじゃじゃ!?」


 シルクはスフレを連れて魔王の間を後にした。麗音もセイレーヌもそれを笑顔で見送り、ホッと胸を撫で下ろした。

 サイは頬を赤らめ咳き込む。


「僕達も何か食べようか」


「何で赤くなってるのー?」


 麗音が嬉しそうにピョンピョン跳ねてサイに言った。サイは「何でもないよ」とはぐらかし、食事の準備をそそくさと始める。


 暫くすると遠くからスフレの悲鳴が城中に響く。


「始まったね……」


「始まったの……」


 スフレの捨て犬っぷりが完全にシルクのお世話したいハートに刺さってしまったようだ。恐らく、スフレは成す術なく磨きあげられているだろう。


「シルクって、いい幽霊だけど変態だよね」


「シルクさんって、ちょっと変態なの」


「ねー」「ね〜」


 魔王城に再びスフレの絶叫が響き渡る。



 ——



 その夜、麗音は平和磨かれずに汗を流し自室へ。

 部屋の前でセイレーヌにおやすみをした後、ドアを開け中へ入る。やけにキラキラした部屋を見渡すと麗音サイズのドレスやワンピースの収納されたクローゼット、豪華な姿見鏡、使う事はないであろうお化粧セット。


 シルクの話によると、元々この部屋は魔王妃が使用していた部屋だそうだ。

 魔王妃はシルクにとても優しく接してくれていたらしく、シルクは事あるごとに彼女の話をした。

 そんな優しい魔王妃はシルクがまだ小さな時に他界したらしい。


 シルクは哀しみに暮れた当時の魔王子、ヘルデルクを見て決心したのだ。正式にこの城のメイドになって、落ち込んだヘルデルクのお世話をしようと。


 そしてお世話好きを拗らせ今のシルクとなったのか。


 それはさておき、いつもは綺麗に整えられているベッドのシーツが小さく膨らんでいる。

 麗音は首を傾げる。そして膨らんだシーツを一思いに取り払う。


「のじゃぁっ……!?」


「うわぁっ、びっくりしたぁ!」


 そこにいたのは髪を下ろした状態のスフレだった。

 話を聞くと、シルクから逃げて来たとの事。


「トントンなんぞ必要ないと言っておるのに……うぬぬぬ、儂は子供じゃないのじゃ」


 正直、子供にしか見えないスフレは頬を染めて悪態をつく。


「シルクはちょっと変態だからね。でも優しいよ。きっとスフレが可愛くて仕方ないんだよ」


「か、かか、可愛いとかっ……言ってんじゃないのじゃ……そんな事……」


「そうかな〜、スフレ可愛いよ、髪も綺麗になったし良い香りもするし!」


「散々磨かれてしもうたからな……のじゃ〜、今考えただけで……く、屈辱じゃ……」


 チビ龍のキュロットと丸犬達はケルヴェロスと一緒だとスフレは言う。そして、麗音に向き直るとモジモジと身体をうねらせた。

 麗音は何かを悟りいつもの透け透けパジャマに着替えると笑顔でスフレに言った。


「いいよ、一緒に寝よう?」


「の、のの……べ、べべ、別にっ……」


 スフレが顔を真っ赤にしてツンデレていると、外からシルクの声がする。どうやら逃げ出したスフレを探しているようだが。

 スフレは頬を膨らませ、目を合わさずに小さく口を開く。


「し、仕方ないな……一緒に寝てやっても良いのじゃ……ふん……なのじゃ」


 こうして麗音とスフレは一夜を共にする事に。シルクが知ると発狂しそうなシチュエーションである。


 灯りを消して暫くすると、スフレの寝息が聞こえてくる。麗音の腕に絡みついて眠るスフレ。

 麗音はそんな彼女を優しく抱きしめ、自らも目を閉じるのだった。


「おやすみ、スフレ」











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