『28』


 ——



 耳障りな音、毎朝お寝坊さんの彼女を襲う電子が織り成す、朝を告げる音。それは今朝も例外なく鳴り響き陽向麗音ひなたれおんの意識を呼び起こす。


「んん〜、あとじゅっぷぅん……」


 パンダ姿の麗音が丸くなる。しかし、そんな彼女を朝日が照らす。


「麗音〜朝よ〜?」


 母、降臨である。

 魔王をも凌駕する彼女の手により部屋の照明が点灯。窓も全開で朝の木漏れ日なんかが麗音の瞼をこれでもかと照らしトドメを刺す。


 堪らず目を覚ました麗音。

 寝ぼけ眼で母を見上げた麗音は、その大きな瞳を瞬かせた。プルプルと小さく伸びをして意識が覚醒した頃、麗音は「はっ!」と身体を弾ませる。


「か、か、帰ってキターー!!」


「うふふ、夢の世界からかな?」


「あ、ママ……会いたかったよ?」


「そう、ほら、こっちおいで。顔を洗ったら髪を結ってあげるわ」


「はーい!」


 顔を洗い、髪をいつも通りお団子に結ってもらった麗音は朝食のシリアルを一気に流し込む。そしてランドセルを背負って「行ってきまぁす!」と笑顔を見せた。


 そんな麗音の頬を屈みながら摘んだ母は優しく微笑んだ。


「はい、綺麗になったわよ」


 そう言って、頬についたシリアルをパクリと食べた母の顔は、スフレの頬についたパンを食べた麗音にそっくりだ。


「えへへ、ありがとうママ!」


 麗音はとびっきりの笑顔でもう一度行ってきますをして玄関のドアを開けた。

 開けた瞬間、



「「れおんちゃんっ!!!!」」



 桜、舞の二人が待ち構えていた。


「おっはよー、さくらちゃんっ、まいちゃんっ!」


「「れおんちゃんっ!!」」


 クラスメイトの桜と舞が麗音の元へ駆け寄る。


 通学路での話題は勿論異世界の話。


「でね、変身してねーー」


「「れおんちゃんっすごーい!」」


 何も疑う事なく話を鵜呑みにする桜と舞は瞳をキラキラと輝かせている。


「お、麗音ちゃんに桜ちゃん、それに舞ちゃんじゃないか。麗音ちゃん、身体はもう大丈夫かい?」


 通学中の女子小学生に話しかけてきたのは変質者、ではなく、街のお巡りさんこと、黒刀正くろかたただし巡査だった。

 道端で倒れていた麗音を保護してくれた彼だ。


「くろかたじゅんさぶちょーけいじ、キターー!」


「麗音ちゃん、自分はただの巡査だよ。それより元気そうで何よりだね。あの時は驚いたよ」


「助けてくれてありがと、やっぱり正義の味方だよくろかたじゅんさは!」


 麗音は大きな瞳をギラつかせる。

 陽向麗音、彼女は無類の正義マニアである。ヒーローに憧れるのは何も男子だけとは限らない。そして彼にはとても可愛がってもらっている為、相当に懐いているのだ。


 そんな正義の巡査部長刑事じゅんさぶちょーけいじと別れた麗音達は、少し早足で学校へと向かうのであった。



 そして、魔方陣マホー人に吸い込まれる事もなく、無事に学校へ到着。その後の授業も滞りなくこなした麗音は帰り道、桜、舞と別れ帰路についていた。

 もうすぐ家に到着するといった時、麗音のお団子がピョンと跳ねる。


「あ、お花!」


 セイレーヌとの約束を思い出したのだ。


 麗音は来た道を引き返し校庭へ飛び込んだ。校庭にはまだ高学年が残っていて、各々遊びに興じている。麗音はそんな高学年達の間を縫うように走り抜け学校の花壇へ向かった。


 そこで花に水をやりながら、


「水だぞ〜たっぷり飲めよ〜」と、ひとり怪しげに呟く二十代後半くらいの男がいた。

 正直、不審者にしか見えない。


「大山センセ!」


 不審者、改め、大山先生。そう、怪しげにひとり呟く細マッチョな褐色の肌の青年こそ、陽向麗音の担任、大山照男おおやまてるおである。

 こんがり焼けた肌と名前の、照、をかけて『照り焼き』の愛称で親しまれる教師だ。


 間違っても不審者ではない。


 そんな照り焼き、——大山先生は元気に声をかけてきた麗音の方を向くと真っ白な歯をキラリと光らせた。


「大山センセ、またひとりで喋ってたの〜?」


「一人じゃぁないぞ。お花と話をしていたんだ」


 大山照男、彼は体育会系の風貌からは想像出来ない程に花が好きである。学校の花壇で咲き誇る花達は全て彼が世話をしている。

 見た目とのギャップもまた、彼の人気の理由だ。


「センセ、さくらちゃんが喜んでたよ」


「井上さんが?」


 井上とは桜の苗字だ。井上桜、大山先生の筋肉にベタ惚れな女子小学生だ。


「うん! さくらちゃん大山センセのこと好きなんだって! あ、ああっ、い、今のなし! 秘密だったかも知れないから……」


「へぇ、井上さんがね。ははは、わかったよ陽向さん。先生は何も聞かなかった事にするよ」


 少しの世間話をした後、麗音は本題を持ちかけた。

 大山に花の種を分けて貰えないか聞いてみたのだ。大山は少し驚いたような顔をしたがすぐに笑顔になる。

 そして麗音の申し出を快諾した。



 ——



 先生から貰った花の種を大事に両手で持ちながら帰路につく麗音の表情は明るかった。

 大山は麗音に花の種をあげる時に言った。花は人の声をちゃんと聞いている。毎日声をかけてあげれば綺麗な花を咲かせてくれるんだと。

 逆に悪い言葉を浴びせ続けると枯れてしまったり醜い姿になるのだと。


 麗音にはその意味はよく分からないけれど、言われた通り毎日声をかけてあげようと思った。早く魔界に行きたいな、そんな思考が巡る。



 ——



 そして、今日も夜が来る。


 麗音はランドセルに花の種を忍ばせ、ベッドで抱きしめながら眠りについた。



 ——



 彼女が目を覚ました場所、そこは……


「魔界キターーーー!!!!」


「ぴぎゃぁっ!!!!」


 魔王城の一室だった。

 それはさておき、急に起き上がった麗音の石頭が看病をしていたシルクの顎を打ち抜いた。


 シルクは床で転がり悶絶するのだった。




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