『29』



 麗音は魔界に帰って来た。


 これではっきりした事実が一つ。現実世界で眠りにつく事がこちらへ来る条件となる事。

 そして、


「レオン……また一週間も眠ってしまって……いてて……心配しましたよ……ヒリヒリ」


 鼻にティッシュを詰めながらシルクが悪態をつく。しかし言葉とは裏腹、嬉しそうに口元が緩んでいる。彼女の事だ、心底心配したのだろう。


 それはさておき、シルクの言葉通り麗音はスフレとの戦闘後、一週間の眠りについていたようだ。

 現実世界での一日が、こちら側での一週間に当たるのだろうか。


 麗音は慌ててランドセルを開け中を確認した。


「良かった、あった!」


 大山先生に貰った花の種を魔界に持ち込む事ができたようだ。恐らくランドセルに忍ばせた物はこちら側へ運ぶ事が可能なのだろう。

 これは何かしら便利である。麗音はニヤリと口元を緩め悪戯な笑みを浮かべた。


 次に来る時、何を持って来ようか、なんて事を考えているのだろう。


「シルク、お花の種、持って来たよ。レーヌと一緒に植えよ?」


「は、はぁ……それよりまずは髪を結ってあげます。お花はそれからで、ね」


「うん、ありがと、シルク!」


 眩しい笑顔に頬を紅潮させるシルク。

 シルクの話によると、あの後も何度かスフレが城の周りを徘徊していたようだ。

 襲撃こそ仕掛けて来なかったけれど。恐らく、麗音の存在が大きいのだろう。彼女は貴重な魔界の生き残りだ。出来れば仲間に引き入れたいのが本音だが、進展は見られていない様子だ。


 サイは相変わらずケルヴェロスと生存者捜索を続けている。今日も朝早くから食料の調達に出たようだ。あれから、毎朝パンを城の城門近くに置き出かけるようになった。

 それはサイの提案した事だ。優しい彼は、スフレに食材を分けてあげたいのだろう。夜になると空になったトレーを回収する、そんな日々が続いている。


 サイの外出中、子供達はセイレーヌが見てくれているとか。

 そしてそのセイレーヌは庭にいるらしい。


「はい、出来上がりです」


「シルクって変態だけど凄いね!」


「ちょ、変態って!?」


「だってほら、わたしのパンツ、しっかり変わってるもん」


「そ、それは……さ、ささ、レオン……い、いき……ま、しょ?」


「シ〜ル〜ク〜?」


「だって、その……えっと……テヘペロ?」


 その後、魔王城に幽霊の断末魔が響いた。



 ——



【亡者の庭園、噴水前】



 噴水前の水色によじ登る子供、子供、子供達。


「な、なの〜、登らないでなの〜」


「レーヌ姉ちゃんの髪、ふわふわ〜!」


「レーヌ姉、抱っこ、抱っこしてほしいでしゅ!」


「ズルイよリリアル〜次はボクだよ〜」


「違うでしゅ、シャーdeath!!」


 庭ではセイレーヌの取り合いが始まっていた。揉みくちゃにされながら堪えるセイレーヌは、


「レーヌ姉ちゃん!」

「お姉ちゃん!」

「セイレーヌ姉ちゃん!」

「レーヌ姉!」


「え、えへへ〜何だか照れるの〜」


 まんざらでもない様子だった。

 そんな彼女達に声をかけたのは麗音とシルクだった。二人を見たセイレーヌは驚いた表情で言った。


「シルクさん……頭、どうしたの?」


「いえ、お気になさらず……ジンジン」


 セイレーヌは麗音に視線を移すと、はっ、と目を見開いた。


「レオンさんっ……か、帰って来てくれたの〜心配したの〜!」


 麗音に飛びついたセイレーヌを見て、子供達も挙って飛びついて行く。今度は麗音の取り合いが始まってしまったようだ。みるみる内に麗音は埋め尽くされ、遂にはお団子しか見えなくなってしまった。



 やがて、セイレーヌ含む子供達が落ち着きを取り戻した。真っ直ぐに見つめてくる屈託のない瞳に若干の戸惑いをおぼえながら麗音はやっとの事で口を開く。


「レーヌ、約束していたお花の種を持って来たよ。皆んなで庭に植えよう?」


 セイレーヌは思い出したかのように目を見開いた。立派なまつ毛と頭の丸い角も心なしか弾んだ。彼女の角はまだ未成熟で触ると柔らかい。

 大人になるにつれて硬化していくのだ。今はまだ羊の巻いた角のような形で、長い髪により殆ど隠れてしまっている。


 未成熟な角は特に敏感な部位なので、不用意に触らないのが魔界の暗黙のルールでもある。

 つまりは、そんな角を乱暴に掴んだ勇者奴等は最低な事をした訳だ。親が見たら問答無用で殺される案件なのだ。娘を目の前で辱しめられ、黙っている親は相当でなければいない。

 人間も、魔物も、心は同じモノを持っている。


 麗音達は庭のありとあらゆる場所に名も知らぬ花の種を蒔いた。広い庭に満遍なく植えた種が芽を出すのが楽しみだと皆で笑い合った。


「あの、私……お花のお世話を担当したいの!」


「レーヌ、わかった! それじゃぁレーヌはお花担当だね! 毎朝のお水とレーヌの歌できっと綺麗に咲くよ」


「私の、歌?」


「うん、センセが言ってた! お花は綺麗な言葉や音楽を聴いて育った方が綺麗に咲くんだって!」


 こうして歌姫セイレーヌは魔王城の庭園担当に任命されたのだった。あれだけ希望を失っていた彼女が今、こうして笑えるのはきっと麗音のおかげだろう。就任式の時シルクが言っていたように、ここにいる全員が絶望の中で希望を見出す事が出来た。



 そして、

 麗音はすっくと立ち上がり、シルクの顎を再び頭で打ち抜いた。シルクが倒れたのは放置して、麗音は噴水前に立っては『大きく息を吸い込んだ!』


「よーし! 皆んな聞いて! わたし、あの子を仲間にしたいんだ!」


「あの子、とは……スフレの事、ですか?」


 シルクが顎を押さえながらフラリと立ち上がる。


「そうだよ。あの子……スフレは悪い魔物じゃないと思うんだ……スフレがワンコにパンをあげてた時の顔、とーっても優しい顔だったんだよ……だから……」


 麗音は皆の顔色を伺う。

 皆、麗音の言葉を真っ直ぐな瞳で見つめ聞いている。彼女の言葉に異論はないといった、そんな眼差しだ。


「皆んな!」


「わたしも……あのスフレって子は悪い人とは思えないの」


「こわかったでしゅ、でも、さみしかっただけだと思うのでしゅ……おなか、空いてただけかも知れないのでしゅ、まおうしゃま、しゅふれ、助けてあげてほしいでしゅ」


 緩い。それはさておき、


 セイレーヌの言葉に続いてリリアルもスフレの救出を懇願する。危険な目に遭わされたにもかかわらず、スフレを心配する事が出来るリリアルはとても優しい子だ。

 大好きなサイの影響が大きいのだろう。


 その時、


「それは僕も賛成だよ、ただいま皆んな。そして、おかえり! レオン!」


 サイが空のトレーを片手に庭へ帰って来た。ケルヴェロスも三つの頭で頷く。

 これで当面の目標は決まったも同然。


 新魔王レオン率いる仲間達の目標、


 それは孤高のスフレの救出に決定した。




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