STORY3◆孤高のスフレ◆

『27』



 真っ赤な瘴気を放つ謎の襲撃者は、小さな胸をピンと張り、腰に両手をあてる。

 そして『大きく息を吸い込んだ!』


「人間なんかに魔王を任せるなんてっ……み、み、認めないのじゃぁぁっ!!!!」


 強烈な熱風が麗音達を襲う。

 サイは咄嗟に子供達を庇いセイレーヌは頭の角に手を当ててしゃがみ込む。麗音を庇い瘴気に当てられたシルクも数歩後退りしてしまう。


「くっ、亜種か!?」


 サイが眼を細め襲撃者に視線を送る。


 麗音は襲撃者を見ては首を傾げた。そして思い付いたように手を叩き、襲撃者の方へ駆け寄った。襲撃者は麗音を見上げては少し怯む。


 そう、襲撃者は麗音より頭半分は小さい少女だ。

 真っ赤な髪と緋色の瞳、褐色の肌、赤いシャツにオレンジ色のオーバーオール、そして限りなくミニマムサイズ。


 真っ赤な髪の少女の足元には無数の獣の姿。丸々と太ったコミカルな犬に乗り移動しているようだ。

 つまりは降りると更にミニマムという事になる。


 そんな小さな襲撃者に麗音は言った。


「お腹空いてるのかな?」


「は、はぁ〜!? バカなのかお前!? 儂はお前を倒しに来たのじゃぞ!」ドヤァ!


 そう言っては足元の丸犬を一段高く積んだ赤髪少女は、よいしょ、と登り胸を張った。やっとの事で麗音と同じ目線になった少女は口元を緩めた。


「はい、これ美味しいよ〜パンの中にクリームが入ってるんだよ、あげるね!」


 少女の真っ赤なツインテールが反応する。


「な、だ、誰が人間なんぞにっ……べ、別にお腹なんて空いてないのじゃからな!?」


 その瞬間、くぅ〜っと腹の虫が鳴いた。

 麗音はパンを上下左右に動かしてみる。


 ツインテールが揺れる、揺れる、これでもかと揺れる。まるで猫じゃらされた猫のようだ。


「はっ、儂としたことがっ……ふんっ、どこの誰が腹の虫なんぞ鳴らしたか知らんが……そ、そうだな、仕方ないから決闘の前に一つだけ、も、も、もも、も、貰ってやっても良い……かの」


 少女はサッとパンを取り上げると一口、口に入れた。パァーッと表情を明るくした少女は残りのパンを下にいる丸犬達に分け与える。

 その表情は先程までと違ってとても優しい表情だ。しかし、そんな表情もすぐに険しくなり目の前の麗音に指を指した。


「し、勝負なのじゃ人間っ! 儂が勝ったら魔王の座を降りてもらうからの!」


「ちょっと待って!」


「む、な、何じゃ……この展開で……すぐに済ませんか、なのじゃ」


 麗音はズイッと彼女の懐に入り、微かに紅潮する柔らかそうな頬を摘む。


「の、のじゃぁっ!?」


 否、頬ではなく、頬についたクリームを指でつまみ取り、それを自らの口へ運んだ。


「はい、綺麗になったよ!」


 後方からクスクスと小さな笑い声が聞こえてくる。赤髪少女はその髪色と同じくらいに顔を真っ赤にしてしまった。


「う、うぬぬぬ……うぬぬぬぬぬぅ……」


 少女を再び瘴気が包む。


「のんじゃぁっ!!!!」


 するとみるみる内に丸犬達が筋肉隆々なマッチョ犬に姿を変えていく。その上で小さな胸を張り高笑いを上げた少女は再び麗音を指差して言った。


「ふぅ……儂はスキュラ種のスフレなのじゃ! 儂は人間なんぞ認めないのじゃ! ましてや魔王になんぞ! 勝負を受けないというのなら……儂にも考えがあるのじゃ!」


 マッチョ犬の尻尾が伸び、無防備だったリリアルを絡め取り人質にとる。リリアルは暴れて抵抗するが抜け出せそうにない。


「うわぁぁんでしゅ〜、サイにぃ〜、まおうしゃま〜、たすけて〜でしゅ〜っ!」


 極めてゆる〜い悲鳴をあげるリリアル。


「はーっはっはっは! 勝負を受けないのならこのメデューサの子を目の前でひねり潰してやるのじゃ! どーするのじゃ? 人間!」


 リリアルは苦しそうに表情を歪める。


「その子をはなして」


「……のじゃ?」


「……はなさないと、おこるよ?」


「ほ、ほぉ〜、お、おお、怒れば良いのじゃ。そして儂と……」


「本っ当に……怒るよ?」


「ひっ……な、何じゃこの異様な眼光は……の、のじゃぁっ……!?」



 麗音の身体に赤い瘴気が巻き起こる。スフレの放つ赤い瘴気は相殺され飲み込まれていく。

 堪らずリリアルを離したスフレは瘴気から逃れるように後退して体勢を整えた。


「くっ……はぁっ、はぁ……そ、そんな子供騙し〜のんじゃらっしゃぁぁっ!!」


 スフレは再び瘴気を纏い麗音との距離を詰めるべく跳躍した。

 麗音は右手を挙げて「来て、クマデビル!」と叫ぶ。すると、玉座の傍に置いてあったランドセルがフワッと浮き上がり麗音の背中に。

 そこから飛び出した縦笛を右手で持つと、それをクルクルと回転させる。


 大きなハート型の光が麗音を包み込み、その中に小さな身体のシルエットが映る。シルエットは次第に豪華になり、光が弾けるとそこには魔王、いや、魔王少女に変身したレオンの姿があった。


 ランドセルの蓋は翼の様に形を変え、魔王の力の強さを見せつけるように強く光を放つ。


「悪い子は、ちょっとだけお仕置きしちゃうからね!」


「なんじゃとぉっ!?」


 スフレよりも高く跳躍した魔王少女レオンは、持っていた縦笛をピコピコハンマーに変える。想像して創造するとはよく言ったものだ。


 少し大きめなピコピコハンマーでスフレの頭をピコピコと叩く。スフレの真っ赤なツインテールがピコピコと跳ねる。ピコピコハンマーだけに、ピコピコと鳴り響く。


「の、のじゃっ、のじ、のじゃらぴこ!?」


「このこのこの、謝らないとやめないよ!」


「のじゃっ、のじゃ、ぴこ、のんじゃ、だ、れが、あや、まるかっ、なの、じゃぁっ!?」


 ピコピコピコ、ともう三発、


「のじゃのじゃのんじゃ!?」


 ピコピコピコピコピコピコ、と六連撃、


「のじゃっ、らす、のじゃっ、ぴこらす!?」


 ピコーーン、とクリティカルヒット、


「の、のっじゃぁっ……!?」


 スフレの瘴気が消えマッチョな犬も丸犬に戻ってしまう。そして、跳ねるように床を転げるスフレは観音扉の前でひしゃげたカエルのような無様な体勢となる。


「……きゅぅ……」


 きゅう、とは何かはさておき、


 お尻を突き出し倒れるスフレの前に降り立った魔王少女レオンは手を伸ばし笑顔を見せる。


「もうケンカはよそうよ?」


「ぐぬぬぬ……」


 スフレは丸犬の上で四つん這いになりながら麗音を睨み付ける。


「お、覚えてろなのじゃ……い、い、行くのじゃ、お前達……ほれ、さっさとせんか!」


 スフレは丸犬達と共に魔王の間を後にしてしまった。麗音が呼び止める声には耳も傾けず。


「い、行ってしまいましたね……」と、シルク。


 襲撃者の撤退を確認したセイレーヌも恐る恐る顔を上げ麗音の元へ走っていく。そしてそのままダイレクトに飛び付いた。


「こわかったの〜……レオンさん、やっぱり強いの〜……って、あわわわっ、レオンさんっ!?」


 飛び付いた勢いで魔王少女レオンが激しく尻もちをついた。そんな麗音に覆いかぶさるような体勢になったセイレーヌは頬を染めた。


「ドレス姿に……戻ってる?」


 麗音の服装が魔王少女のコスチュームから先程まで着ていたドレスに戻っている事に気付いたのはサイだった。


 麗音は気を失い、目覚める気配がない。


「はっ、レオン……レオン!?」


 異変に気付いたシルクは麗音に呼びかけるが、やはり反応はなかった。


「サイ、レオンを部屋へ!」


「わ、わかった!」


 サイは麗音の小さな身体を両手で抱き上げると、揺らさないように慎重に歩き魔王の間を後にした。




 楽しかった魔王就任式は、こうして不完全燃焼で幕を閉じたのだった。


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