『25』
【
探索に出ていたサイとケルヴェロスはドラゴンマウンテン中腹に位置する山小屋で休息をとっていた。
朝食を済ませた後、すぐに出発したものの既に昼が訪れている。麗音の魔王就任式が始まるまで一時間程しか残っていなかった。
結局、生存者はおろか、大した成果もあげられなかなった。ただ一つ、気になる事を除けば。
「ケルベロス、戻ろうか」
『ケルヴェロスだ』
二人は山を下る事にした。
サイが獣車に乗り込んだ時、微かにだけど、確かに物音がした。常人では気付かない程の音。
しかし、サイの聴覚は常人のそれを逸している。微かに砂の擦れるような音を拾ったのだ。
獣車から身を乗り出し音のした方を確認する。人影はない。魔獣の気配もない。ここまで登って来て一匹もいなかった訳だから、そもそも魔獣である確率は低いと見て間違いないだろう。
なら、何者なのか?
サイの頭にそんな思考が巡るのはごく自然な事である。身体を乗り出したサイにケルヴェロスが危険を促すように言った。
『振り落とされるぞ、緑の少年』
「あ、あぁすまない……ケルベロス、とにかく魔王城に帰ろう」
『我はケル……』
「魔王就任式を遅れさせる訳にはいかない。今日、僕達は魔王レオンに忠誠を誓うんだからね、さ、急ごう!」
『我……』
——
【魔王城、シルクの部屋】
「やっぱりサイズ、ピッタリです!」
「いやこれ……ピッタリというか、ピッチリって感じなんだけどシルクぅ……恥ずかしいよ」
着せ替え人形レオンは次々とシルク特製のドレスに着せ替えられていた。無駄に露出の多いドレスや、身体のラインにピッタリ過ぎるドレスと、シルクの変態センス丸出しな着せ替えショーに戸惑い頬を紅潮させる麗音。
「いえいえ、とっても可愛いです。それに決めちゃいますか?」
「こ、これだけは絶対にむりぃ……ん、シルク、あそこにあるのは?」
麗音の小さく細い指先が指すのは、部屋の隅で雑に放置されている黒いドレスだった。
「あー。あれは失敗作です。シンプル過ぎてつまんないドレ……」
「わたし、アレにする!」
「ええーー……で、でもあれは……」
「だってほら、こんなに可愛いよ!」
シルクは思う。可愛いのはアンタの笑顔だと。
結局、笑顔に負けたシルクは泣く泣くシンプルイズベストな黒ワンピースなドレスを麗音に着せてあげた。艶やかで肌触りの良い高級な生地が使用されたドレスは他を圧倒する究極の着心地である。
一発でこのドレスが気に入ったようで、クルリと回って見せる麗音。
「わーぉ、シンプルイズベスト、かわゆい……ドキドキ」
やっとの事で衣装も決まり、お昼まで少しの間休息を取る事にした麗音。しかしシルクは料理の支度があるからと部屋を後にした。部屋を出る際、何度も麗音を見ながら名残惜しそうに去って行った。
「シルクっていい幽霊だけどちょっと変態だよね」
『ハッ、変態メイドト、ロリマオーガ』
「クマデビル〜、あまり口が悪いようなら置いてっちゃうよ?」
麗音は口を尖らせ指を立てる。そしてその指でクマデビルの腹を突いた。
『ヤ、ヤメヤガレ、コノ、ロリガッ!』
「また言ったー!」
——
【魔王城、魔王の間、玉座前】
「ふぅ、ま、間に合ったぁ……」
サイはそんな子供達の頭を優しく撫でながら木箱で簡単に設けられた椅子に座るよう促した。
皆、今日は華やかに着飾っている。魔王就任は魔界では大変珍しい行事であり最大のお祭りイベントでもあるのだ。
この日だけは皆が着飾って新魔王の就任を盛大に祝い呑み明かす。ダンスも踊り、歌も歌う。
とにかく、無礼講で騒ぎまくる、そんな一日という事だ。メデューサのリリアルも白蛇にリボンなんかつけておめかししている。真っ白な髪に真っ赤な可愛いらしい紐リボンでご満悦だ。
勿論サイも着替えた。事前にシルクが用意してくれた黒いスーツのような正装だ。蝶ネクタイの位置を調整しながら式の開始を待つ。
そしてその隣には緊張した面持ちのセイレーヌがプルプルと震えている。彼女が何故、そこまで緊張しているのか。それは、
「セイレーヌ、落ち着いてやれば大丈夫だよ。僕達以外いないんだし」
「な、なの……っ……わ、わかってる、のっ……こ、こんな大舞台で歌をっ……で、出来るかなぁ……心配なの……」
セイレーヌ、彼女が開会セレモニーで魔歌を披露する事になったのだ。幼い顔立ちの割に肉厚な唇が小さく震えている。
鏡のような薄い水色の髪に合わせた空色のドレスは人形のように整った彼女を更に引き立たせた。
司会を務めるのは自称お淑やかなメイド、シルク。
事前に用意された豪華な料理は勿論彼女が一人で準備したものだ。いつもより腕によりをかけ、昨日から下味をつけた料理達は食欲をそそる甘美な香りを魔王の間に漂わせる。
「おほん、あー、あー、テステス……」
マイクのテストを始めるシルクの姿を見て、騒ついていた皆が口を閉じ、主役の登場を心待ちにする。
子供達だけでこしらえた特設会場が静寂に包まれた時、魔王の間を照らしていた照明が落ちる。
「ここ、この度は魔王就任式へいらしていただき、ま、誠にありがとうございます。そ、それでは、さっそく本日の主役、新魔王レオンに登場していただきましょうっ!」
会場にまだらな拍手が巻き起こる。
すると、玉座を一筋の光が照らし出した。照らし出された光の中でピンと胸を張るのは主役の陽向麗音——否、新魔王レオンの姿だった。
「新魔王レオン、降臨ですっ!」
会場がドッと湧く。
ほんの数人で行われている小さな小さな魔王就任式、それでも大事な就任式である。
残された小さな命達が滅んだ魔界を立て直すという、そんな淡い希望を麗音に注ぐ。
照らされた麗音は少し恥ずかしそうだ。
漆黒のワンピースドレスに小さな身を包んだ麗音の頭にはシルクのくれた黒いリボン。シンプルだが、とても様になっている。
「それでは魔王レオン、皆に魔王宣誓を!」
「……へ? まおう先生?」
「ち、違いますっ……さっき言った通りに……ゴニョゴニョ」
シルクが小声で麗音に言うと、思い出したかのように手を叩く魔王ちゃん。大きな二つのお団子が小さく揺れる。
「せんせー! わたし、魔王レオンはこの魔界ヘル=ド=ラドの再建と、えと、平和のために、わるい勇者と戦うことをここに誓います! でもでも、わたしだけじゃ……それは出来ないかも知れないから。
だから、皆んなで力をあわせよう!
——皆んなで
そこはまるで満員御礼のライブ会場のように沸いた。サイも、セイレーヌも、子供達もシルクも、皆が立ち上がり、声を大にして麗音を讃えた。
ケルヴェロスの遠吠えも聞こえる。
それはもう、数人の小さな魔王就任式とは思えないくらいに盛大な拍手と声が飛び交う。
麗音は頬を染め、そんな皆に最高の
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