『22』


 朝食を済ませた麗音はシルクの後片付けを手伝いながらフワフワと思考を巡らせる。


「レオン?」


 シルクの呼びかけにも上の空で気のない返事を返す麗音の手からお皿が落ちる。それを間一髪のところでキャッチした幽霊は思わず浮遊形態になり三つ編みをピョンと弾ませた。


「あ、危ないですよレオン!?」


「ご、ごめんシルク。ちょっと考え事してて」


「ふぅ、レオンはもういいです。後はわたくしがやっておきますので子供達の相手でもしててくださいっ」


 シルクはキャッチしたお皿を慣れた手つきで洗いながし素早く乾拭きする。


「えへへ、ごめんね?」


 麗音は舌を出す。所謂テヘペロで場を乗り切る魂胆だろう。


「か、可愛く言っても駄目ですよ……あー、でも、もっかいやって貰えますか、ハァハァ」


「えーー……」


 乗り切り成功。



 ——



 麗音が庭に出ると子供達が珍しく静かだった。子供達は大人しく座っては澄み切った美しい旋律に耳を傾けている。

 メデューサ娘のリリアルも頭と尻尾の白蛇も、その旋律に酔いしれているかのように天を仰ぐ。


「でしゅぅ〜」


 噴水前には鏡のように綺麗な水色の髪の少女、歌姫セイレーンの娘、セイレーヌの姿が確認出来た。そう、旋律を奏でていたのは他でもないセイレーヌである。


 魔界の海を守る歌姫として活躍していたセイレーンの娘だけあってその歌声は美しいの一言。音を奏でる彼女の表情はとても柔らかだ。

 歌い終えたセイレーヌは真っ白な肌を紅潮させ、恥ずかしそうに子供達へ微笑んだ。


「セイレーヌねーちゃん、もういっかいうたって!」


「あるこーる!」


「おるごーる!」


「deathこーゆ!」


 子供達はセイレーヌに群がり懇願する。


「な、なのっ!? アンコールなの? これで十二回目なの……あわわわ、わ、わかったの、わかったから押さないでなの〜っ」


 魔物達にとって魔歌は聖なる歌。セイレーンの魔歌を聴いて育った子供達がセイレーヌの歌声に酔いしれてしまうのは無理もない。


「わたしも聴きたいな、レーヌの歌、ふふっ!」


「あ、レオンさん。わ、わかりましたなの」


「まおーしゃまー!」「れおんさまぁ!」


「わっ、元気だね皆んな〜、よしよし、一緒に聴こう?」


 麗音は子供達を諭し噴水前に座った。膝にはリリアルがちょこんと座っている。

 セイレーヌは何か吹っ切っれたかのように明るい面持ちで小さく息を吸い込むと、本日十三回目のアンコール公演を開始した。




 やがてセイレーヌが歌い終えると、麗音と子供達は立ち上がって拍手を送った。小さな歌姫は照れくさそうに身をよじらせ長い髪に包まるようにして小さくなった。

 そんな彼女に子供達が容赦なく群がっていく。


「とても上手なんだね、レーヌ!」


「そ、そんなこと、ないの。おかあさんが教えてくれた歌の一つなんだけど、最後まで歌い切れたことがないの」


「今ので全部じゃないの?」


「うん、本当は続きがあるの。でも、魔歌はとても魔力を消費するから私の魔力じゃ完璧な魔歌を歌い切ることが出来ないの。まだまだ力不足なの。だから、勇者が簡単に魔界に入れちゃうの」


「そうなんだ……いつか……いつかおかあさんみたいに歌えるといいね、レーヌ!」


「う、うんっ、私、頑張るよ……レオンさんが綺麗だって言ってくれたから……勇気をくれたからっ……私がこれからの海を守るの!」


「出来るよ、レーヌならきっと!」


 眩しい笑顔を見せた後、セイレーヌはふと思い出したかのように「レオンさん、そういえばお花の件は……」と問いかけた。


「あ〜それがさぁ〜、帰り方、わかんなくなっちゃった!」


「た、たいへんなの!?」


「大丈夫大丈夫〜、なんてことないよ。心配しないで、お花の種は帰った時に絶対取って来てあげるから。約束したもんね!(あー、でもどうすれば帰れるのかな……学校とか、大丈夫かな〜……)」


「うんっ、レオンさんありがとうっ!」


(でも、きっと大丈夫だよね。この前も長い時間魔界にいたけど一晩しか経ってなかったもんね……うん、大丈夫、だよ、そーてーない、たぶん……)


 それはもう、目も眩むような女の子同士の友情。

 殺風景な庭もこの二人にかかればキラキラ輝く庭に見えなくもない。それくらいに眩しい二人の笑顔と子供達の笑い声。


 本日の魔界はとても穏やかで平和である。



 ——



【城下町ヘル=ヘイム、目抜き通り】


 石造りの建物が建ち並ぶ中央通りを颯爽と駆け抜ける獣車が一台。獣車を引くのは三つの頭にマッチョな身体が自慢のケルヴェロスだ。


「ケルベロス、今日は山の方を探索してみたいんだけど」


『ケルヴェロスだ』


「そうだね、昇竜山ドラゴンマウンテンに向かってくれないかい?」


『むぅ、ドラゴンマウンテンだと……あんな所に生き残りなんぞ居ないと思うが?』


「あんな所、だからこそ身を隠して生きている人がいるかも知れないだろ?」


『まぁ、一理あるが……我はケルヴェ……』


「よし、なら決まりだ。ケルベロス、昇竜山ドラゴンマウンテンへ向かってくれ!」


『……我は……』



 ケルヴェロスの心の雄叫びが魔界に響き渡った。



『我はケルヴェロスだぁっ!!!!』




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