『20』


 真っ黒なワンピに袖を通した麗音は部屋の外で待っていたセイレーヌと合流し魔王の間へ向かう為長い廊下を歩いて行く。


 廊下には、お世辞にも華やかとは言えない謎の肖像画が並んでいる。

 それは歴代魔王の肖像画だと思われるが、麗音としては怖いおじさんの絵にしか見えない。



 ——



 食堂魔王の間には碧色少年グリーンボーイのサイと四人の子供達、ケルヴェロスの姿があった。皆、麗音を見るなり安心したように表情を明るくした。


 シルクが綺麗に並べてくれた料理はとても美味しそう。子供達は早く食べたくて落ち着かない様子だ。メデューサのリリアルも頭のダブルアホ毛的な白蛇を揺らしている。


「おなかすいたでしゅ」


「皆んな揃ってからだよ、リリアル」


「でしゅ、Death〜」


「こーら、その表記は駄目、リリアル?」


「でしゅ」


 サイは子供達を諭す。

 麗音とセイレーヌも席に着き、シルクも料理を運び終えると席に座った。その瞬間、全員の視線が麗音に向いた。麗音はキョトンとして瞳を瞬かせた。


「レオン、いえ、魔王レオン、いただきますをお願いします」


「へ? わたしが?」


 食卓を囲む全員が頷いた。子供達まで麗音を見て同じく頷いている。


「レオン、僕達は君を魔王と認める事にしたんだ。だから今日は目覚めのお祝いと、新魔王様の誕生祝いって事になるね。即席になってしまったけどね」


「わたしが魔王に? え、いーのいーの? わたし、まおーしてもいーの!?」


 すると、


「まおーしゃま! まおーれおんしゃま!」


「まおうさま!」「れおんさまー!」


 子供達が一斉に騒がしくなる。麗音は一人一人の顔を見ていく。その全員が信頼の眼差しを麗音に送っていた。麗音は少し頬を染め立ち上がり、

 ——『大きく息を吸い込んだ!』


「いただきますっ!」


「「「いただきます!」」」



 ——



 子供達だけの宴は真っ昼間から外が暗くなるまでひたすらに続いた。シルクが何処からか出してくれた魔界スゴロク、トランプに似たカードゲームも凄く盛り上がり楽しいひと時を皆で過ごした。

 因みに魔界スゴロクというのはこちら側の人生ゲームといったところで、一番最初に魔王に成り上がった者が勝者である。


 子供達は子供達で魔王の椅子によじ登ったりして騒いでいた。そこに何故かシルクも混ぜられている。どうやら浮遊形態が人気で子供達に拉致されたようだ。

 そんな子供達を見るサイの目はとても優しく、麗音はついついじっと見つめてしまう。


「……ん、ど、どうしたんだいレオン?」


「ううん、なんでもないよ。サイってさ、ん〜、やっぱいいや!」


 麗音は悪戯に笑って見せた。


「な、なんだよ……」と、サイは大きな一つ目を瞬かせた。すると麗音が辺りを見回してから再びサイの目を見た。


「レーヌは〜?」


「彼女ならさっき外の空気を吸いに行くって言ってたよ。少し元気がなかったみたいだけど……」


「そうなんだ」



 ——



【魔王城、亡者の庭園、噴水広場】


 正直、綺麗とは言えない庭に一人佇む少女。

 宴の席から離れて、彼女は魔界の夜空を見上げた。小さな身体を覆う程に長い水色の髪が風に舞う。歌姫セイレーンの娘、セイレーヌは掠れた声で歌を歌っていた。思うように歌えない歯がゆさに表情を曇らせるセイレーヌ。

 そんな彼女に声をかけたのは、様子を見に来た麗音だった。


「綺麗な歌声だね」


「はっ、レオンさん……そ、そんなこと、ないの……下手くそなの……」


「そんなことないよ〜、ね、もっと聴かせてほしいな?」


「は、恥ずかしいの……それに……この口は……汚いの……」


「……あ……レーヌ……」


 セイレーヌは声も出さずに大粒の涙を流した。心の傷はそう簡単に癒される訳もなく、少女の精神を着実に蝕んでいたのだ。

 麗音は言葉を飲み込み、噴水の方を向いてしまったレーヌの後ろまで歩くと、そっと抱きしめた。


「はぅぁっ!?」


「いつもね、こうしてくれるんだ」


「あ、あの……レオン、さんっ……」


「わたしのママはね、辛いとき、いつもこうして抱きしめてくれるんだ。レーヌ、こっち見て?」


「は、はい……なの……」


「ぎゅぅぅっ!」


「なのっ!?」


 レオンはセイレーヌをギュッと抱きしめ、優しく頭を撫でてあげた。いつも母にしてもらってるように、精一杯の愛情を込めて。


「うっ……おかあ……さ、んっ……うっ……わた、し……汚れちゃったよぅ……ううっ……」


「だいじょうぶ、レーヌは綺麗だよ。とっても可愛いよ。汚れてなんていないよ。悪いゆうしゃはわたしがやっつけたから、もう、だいじょーぶ」


 時折見せる大人びた麗音の行動も、母の愛情を真っ直ぐに受けて成長した証。誰にでも優しく、包容力がある。そんな性格はクラスでも人気だ。特に女子の人気が高い。


 セイレーヌはその小さな胸に抱かれ堪えていた涙をこれでもかと流した。麗音の服が濡れても御構い無しに顔を埋め思いっ切り泣いた。


「うん、泣いてもいいんだよ。わたしだって……ママが居なくなっちゃうなんて……か、考えただけで泣いちゃうもん……だから、いっぱい泣いていいんだよ、ね?」


 麗音の頬を光る粒が伝う。




 一頻り泣いた二人は噴水の前で魔界の夜空を見上げた。夜空は麗音の元いた世界と殆ど変わらない。違いと言えば、そう、浮かぶ月が紫色に光を放っている事くらいだ。


 二人は顔を見合わせてクスッと笑い合う。

 セイレーヌの真っ白な左の手のひらが麗音の右の手のひらに少し触れた。

 麗音はその手をギュッと握りしめた。


「少しは落ち着いたかな、レーヌ?」


「うん、ありがとうなの」


「レーヌはさ、お花が好きなんだよね?」


「あ、うん、好きなの。でもね、本物のお花は見たことないの」


「え、そうなの?」


「おかあさんに教えてもらったの。魔界にはお花は咲かないけど、人界には咲いてるんだって。いつも絵を描いてくれたの」


「よーし、それじゃあさ、今度帰った時に学校からお花の種を持ってくるよ。一緒に育てて、このお城をもっと可愛くしちゃおう!」


「お花の種を、そ、そんなこと……あ、レオンさんはこの世界とは違う世界に住んでたの……そ、その世界にはお花、咲いてるの?」


「うん、そこら辺でバンバン咲いてるよ!」


「バ、バンバン、なの!?」


 セイレーヌは海のように深い青色の瞳を輝かせ麗音を見つめる。


「うん、多分寝たら帰れると思うから。次に来た時に一緒に植えよ?」


「はい、なの!」


 夜の噴水広場で、二人はそう約束を交わした。




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