『19』


「はっ!」



 麗音が目覚めて最初に見たものは石造りの天井だった。辺りを見回し状況を整理する麗音に語りかける声、女の子の声だ。


「あ、目が覚めたの。ど、どうしようなの……あ、そうなの。おかあさんが言ってたの。こんな時は自己紹介をしないと……よ、よ〜し……なの」


 麗音に語りかけたのは鏡のような水色の髪で小さな身体を覆った、まるで人形のように整った顔立ちの少女だった。

 少女はプルプルと震えながら目覚めたばかりの麗音を凝視する。とても緊張した面持ちで、真っ白な肌を赤く染めた少女は徐ろに口を開く。


「私、セイレーヌっなの……あ、その……あれですの、歌姫セイレーンの娘なの、はい……」


「……う、うん、それで?」


 状況が把握しきれていない麗音が気のない返事をする。


「はわわわ……そ、それで、それで……あ、私、セイレーヌって……あ、それはさっき言ったの、あわわわ、ど、ど、どうしよう……えっと、あ、そうなの、私、お花が好きなの!」


「お花?」と、麗音が瞳を瞬かせた。


「あ、そう、お花……あの……」


 麗音は自称歌姫セイレーンの娘、セイレーヌの話を聞いているのか聞いていないのか、辺りを見回す。そして何かに気付いたように「あ!」と声を上げ、ベッドの上で立ち上がり、『大きく息を吸い込んだ!』


 セイレーヌは座っていた椅子から転げ落ちる程大袈裟に驚き、結局転げ落ち激しく尻もちをついた。


「はうっ……はっ、吐息ブレス!?」


 どうやら、こちら側で大きく息を吸い込む動作は危険な動作らしく、セイレーヌはブレスを恐れてキュッと小さくなる。しかし、当然の事だが普通の女子小学生が吐息ブレスなんて吐けるはずないのだけど。龍か何かなら吐けるのだろうが、陽向麗音は人間なのだから。



「魔界、キターーー!!」


「……あ……」


「キターーー!!!!」


「……なの……」


「キ……」


「あ、あのぅっ……私、セイレーヌなのぉっ!」


 三度目の自己紹介。


「あ、あの時の女の子だ。怪我はない? 悪い人たちは帰ってくれた? わぁ、まつ毛長いね! 髪もキラキラですっごく長い!」


「はぅぁっ、あ、あのあの〜、あわわわ……」


 麗音のテンションについていけないセイレーヌはどうしていいのか分からず混乱している様子だ。

 そんな事は御構いなしでセイレーヌのお人形さん具合を確かめまくる麗音。


「あ、あのっ……くすぐったいのっ……きゃっ、そこはおしりだからっ、触っちゃだめっ……」



「あの〜、もういいですか?」



「あ、シルクだ」「シルクさんっ!?」


 部屋のドア付近で白い目をした幽霊が見兼ねて声をかける。自称お淑やかな黒髪三つ編みメイドこと、シルクである。


「やっと目が覚めたみたいですね、レオン。セイレーヌも看病お疲れ様です、お昼ごはんが出来てますので魔王の間へ」


「シルクさん、いつもありがとうなの」


「いえ、わたくしが好きでやっていますので。それにお城には食材もかなり残ってますし、拠点にはもってこいですから」


 麗音は二人の会話を聞いて、ふと口を開いた。


「いつも、って……?」


「レオン、心配したんですよ? 一週間も目を覚ましてくれないんですから。ま、その間、レオンの事はこのわたくしが面倒見てましたからご安心を。勿論身体もちゃんと洗ってますし、歯磨きも、あと色々、全部お世話いたしましたからぁ〜!」


 ヨダレを垂らし話すシルクにドン引きしながら小さな身体を震わせた麗音。


「レオンの身体はそれはもう……ゴクリ」


「シ、シルクのバカァ! は、恥ずかしいこと言わないでよ〜!」


「じ、冗談ですよ〜ウヘヘ〜」


「シルクさんの言葉は控えめなくらいなの」


 さらっとセイレーヌ。


「こーらー、シルクー!」


 陽向麗音、現実世界で半日を過ごし眠りについた事で再び魔界へ帰って来た訳だが、どうやらこちら側では一週間の時が経っていたようだ。


 その間、麗音の身体はお淑やかなメイド改め、変態メイドの世話になっていたらしい。麗音は顔を真っ赤にしてシルクを追いかけ、シルクは浮遊形態で逃げる。それをキョロキョロと追いかけるセイレーヌは思わず声を上げた。


「あ、あのっ、私、セイレーヌなのぉ!」


 まさかの四度目。彼女は天然なのだろうか。


「あ、うん、もう聞いたよ。三回くらい。よろしくね、レーヌ! わたしは麗音だよ」


 麗音はセイレーヌに笑顔を見せた。セイレーヌはその眩しい笑顔に少し怯みながらも「はいなの、レオンさんっ!」とキラキラ笑顔をお返しした。


 途端に放置され置いてけぼりになったシルクは少しばかり不満げに頬を膨らませた。



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