STORY2◆新魔王就任式◆

『18』



「っ!」



 麗音が目覚めて最初に見たものは真っ白な天井だった。辺りを見回し状況を整理する麗音に語りかける声、女性の声だ。


「起きたのね、陽向さん。新年度早々、貧血で倒れてたみたいよ。近所の交番の若い警察官から連絡があったんだから」


「あ……あれ……シルク、サイ、ベロちゃん……」


「まだ少し混乱しているみたいね。確か、お友達が変なこと言ってたわね。それより、ちゃんと大山先生と警察官の方……えっと確か黒刀くろかたさんにもお礼を言うのよ。黒刀さんとは仲良しなんでしょ陽向さんは。

 それより、身体は大丈夫?」


「いせかいむそー……」


「はぁ、また異世界。あの子達もそんな事を言ってたわね。最近の子は異世界異世界って、流行りは分かるけれど、現実との……」


「さいかセンセ……ここ、学校の保健室……?」


「そうよ。今日はお家に帰った方が良さそうね。お母さんに連絡するから、もう少し横になってなさい」


「は〜い……ゆ、夢、だったの、かな……?」


 麗音は首を傾げ頭上にハテナマークを浮かべる。先程までの大冒険は夢だったのか、麗音にはどうもそうは思えない。しかし、目覚めた場所は学校の保健室で出迎えてくれたのは保健医の才華桐枝さいかきりえだった。


 黒髪の三つ編みメイドも、

 一つ目のグリーンボーイも、

 マッチョな喋る犬も、

 謎のお人形さんみたいな女の子も、


 勿論ここにはいない。

 暫くすると麗音の母が血相を変えて保健室に飛び込んで来る。そして来るや否や麗音に駆け寄り抱きしめた。


「麗音大丈夫なの? どこか痛いところは!?」


「マ、ママ……だいじょうぶ、だからっ……く、苦しいよぅ」


「あらごめんね。良かった、元気みたいね。心配したんだからね? お仕事早退したんだから〜」


 麗音は母の胸に身を委ね、とても安心したような表情を浮かべた。その頬には一粒の雫が流れる。


「……こわいゆめ……見たの……」


「そう、でももう大丈夫。ママが来たからね」


「うん……ほんとはね、こわかったんだよ……でもね、わたしね、頑張ったんだよ……?」


「うん、そう、今日は帰って休みましょう。明日また、学校にいけるように、ね?」


「うん、ママ……だいすきだよ」


「あら、今日は甘えん坊さん?」


「い、いいの! わたしは子供のけんりをほーしして、あれ、えっと……もう、何でもいいよ」



 ——



【とある小さなアパート、バスルーム】


 時刻は午後七時過ぎ、陽向麗音は一日の疲れを癒す為、湯舟に小さな身体を沈める。

 勿論、身体も髪も洗ってから。麗音は母との約束事や決まりは守る方だ。友達とはケンカをしない、勉強はちゃんとする、いつも笑顔でいる、それが陽向麗音という人格として確立されつつある。


 とはいえ、悪戯もするし宿題も忘れる。そんな時もある。まだまだ小学生なのだから、そこはご愛嬌ではあるのだが。


「皆んな……無事かなぁ……」


 麗音の目の前にフワフワ浮かぶ泡のシャボン玉に移るのは琥珀色の大きな瞳。

 その瞳が一瞬、真っ赤に染まるとシャボン玉は弾けて消えてしまった。麗音は大きな瞳を瞬かせ水面に自らの顔を映そうとした。

 しかし泡風呂に顔は映る訳もなく、麗音は慌てて湯から上がっては鏡に自分の姿を映し出した。


「あれぇ? 今、左の目が赤く光ってたような……気のせい、かな?」


 麗音は魔王少女になった時の自らの姿を見た訳ではない。つまり真っ赤な左眼に違和感を感じるのだ。

 キョトンと首を傾げていると「早く上がりなさい?」と母の声が聞こえてくる。

 麗音は「はぁーい」と気のない返事をして身体をサッと洗い流しバスルームを出た。


 少しヒヤッとした外の空気が麗音の華奢な身体を通り抜ける。プルプルッと小さく震えながら身体を拭いた麗音は可愛らしい白黒パンダのパジャマに着替えた。


 因みに、麗音には一人部屋がある。小さなアパートは2DKの間取りで母が夜中に内職をしているのもあり、寝る部屋として一部屋あてがわれているのだ。


 部屋は女の子の部屋、というには少し殺風景なイメージで白と黒が目立つ。中には色の付いた物もあるが、服装のセンスからして陽向麗音はシンプルなものが好みと見て間違いないだろう。


 小学三年生の女子としては子供らしさに欠けるが、それを補える程の太陽のような笑顔と明るい性格でバランスは保たれている、といったところか。


「ママは……お仕事始めちゃったみたい。今日は疲れたし早く寝ようかな」


 麗音は部屋で内職を始めた母に「おやすみなさい」とだけ伝え、隣の自室へ。母は優しく頷きそんな娘を見送る。


 部屋の片隅には祖母に買ってもらった赤いランドセル。薄っすらチェック柄で麗音のお気に入りだ。

 ベッドで横になって、ふとランドセルを見る。ランドセルには熊のキーホルダーがぶら下がっている。片目が眼帯の鎌を持った黒い熊のキーホルダーだ。翼もある。


 麗音はベッドから降りるとランドセルを手に取り枕元に置いて自らも再び布団に入った。


 暫くすると、小さな寝息が聞こえる。


 陽向麗音は眠りについたようだ。

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