『17』


 ————


 獣車が荒野を抜けた事で麗音達の眼前に広がった景色、一面真っ白な砂浜と赤い海。空の赤さが映り込む事で赤く染まって見えるのだろうか。


「真っ赤な海だー!」


 麗音のテンションが上がる。いや、麗音に限らずシルクもサイも屈託のない瞳をこれでもかと輝かせた。しかし、それも束の間、一行は胸糞悪い光景、無抵抗の少女をゴミを蹴るように扱う勇者達を目撃する事となる。


 ひとまず岩かげに身を潜める麗音達。


「ひどい……」


 麗音はすぐに飛び出そうとしたけれど、それをサイが制する。


「ど、どうする気なんだ。相手は勇者……真正面から戦って勝てる相手じゃ……って、あ!」


「大丈夫、聞こえるの、さっきからずっと……誰か知らないけど、わたしに話しかけてくるの」


 麗音は振り返っては笑顔を見せ、こう続ける。


「『力を解放しろ』って!」


「力……いったい何を言って……」


「説明はあとだよ、今はあの子を助けないと。

 ——『そーぞーしてそおぞおする』の?

 うん、意味はよくわかんないけれど、思い通りに戦えばいいんだね?」


「あ、あの……レオン、誰と話してるんです?」


「うん、うん、わかった!」


 麗音はランドセルに刺さった縦笛を抜き剣を構えるように持つと、信じられない速さで胸糞現場へ跳躍する。そして、赤い剣士の立派な剣を縦笛で弾き飛ばした。


 縦笛——で弾き飛ばしちゃいましたよー!




「やらせないよ!」




「ぬあんどぅぁぁゴルァ!?」




「もう大丈夫だよ?」


 剣士の怒号を完全無視で水色の髪の少女に笑いかける麗音。すると少女の乱れた髪も服も綺麗になる。少女はそのまま気を失ってしまったけれど、その表情はとても柔らかく見える。


 麗音はシルクとサイに少女を託し、やっと剣士に向き直る。そして何か思い付いたかのように手を叩くと、縦笛を空に掲げてクルクルと回し始めた。

 縦笛の先からキラキラと光の粒が飛び出しハート型の大きな光の塊に変わる。


 その光のハートが麗音の小さな身体を包み込むと、


 ——なんという事でしょうか!


 光の中でシルエット化した麗音は、まるで魔法少女の変身シーンのような演出でキラキラし始めたではありませんか!

 しかも何処からかBGMまで聴こえてきます!


 白と黒のシンプルな服装だった麗音の姿は見る見るうちに魔法少女、いや、黒ベースの魔王少女姿へと変貌していく。黒いマントに真っ赤に淡い光を放つ左眼、渦巻く赤い瘴気。


 麗音の身体に渦が巻き起こりランドセルは翼のように形を変え赤黒い光りを放つ。更に、ランドセルから飛び出した教科書やノート、鉛筆、シャーペン、消しゴム、防犯ブザー、熊のキーホルダーが宙を舞う。



 魔王少女レオン、降臨の瞬間である。



 魔王少女レオンは『大きく息を吸い込んだ!』



「へんしん、キターーー!!!!」



 絶叫ボイスは見えない衝撃波を放ち目の前の赤、青、黄色の信号機ブラザーズを吹き飛ばす。ゴロゴロと砂浜を転げたブラザーズは豆鉄砲でも喰らったかのような顔で魔王少女レオンを見やる。


「こんのクソガキ!」


「ぶっ殺してやる!」


「ボクちんが魔法で片付けてやる!」


 立ち上がった青い魔術師が攻撃魔法の詠唱を始める。その前をタンクと剣士が守るように立つ。性格はクソ勇者だが、戦闘はセオリー通りのつまらない奴等である。


 やがて巨大な火の玉が出来上がり、それをレオンに向かって放つ。魔術師はケタケタと不愉快な笑い声を上げた。


「死ねぇっ、幼女の丸焼きだ〜!」


 流石にこれはマズい。そう感じたサイが飛び出そうとした、その時、目を疑うような出来事が起きる。



 シュゥ……



「ぬがぁっ、ボクちんの魔法が消えた、だと!?」


 魔術師の開いた口が塞がらない。いや、その場にいた全員の口がいつもより大きく開いて塞がらない。


「ありがと、消しゴムちゃん。次はわたしの番だよ〜」


「あり得ない……あの方からステータスを授かったボクちんの魔法が……ボクちんのまほひれ……ボク、ボクちんのっ、ちんっ!?」


 青い魔術師が放った特大の火炎球ファイアボールを打ち消したのは、レオンの後ろでプカプカ浮いていた消しゴムだった。

 消しゴムが火の玉を、文字通り消した。


 シュッと。


「いっくよ〜、ミサイルはっしゃ〜!!」


 瞬間、無数の鉛筆、シャープペン、蛍光ペンが勇者達目掛け放たれる。咄嗟にタンクの黄色ブラザーが前に出て盾を構える。


「そんなもので!」


 盾が次々とペンシルミサイルを弾く。


「がははは、無駄だぜっ、おいどんの鉄壁を破る事はっ……」


 ————!!


「……って、おいおいおい!?」


 連撃は止まらない。無限に増殖するペンシルミサイルが盾を砕く、砕く、砕く、そして、


 ————粉砕っ!!!!


「お、おいどんの盾がぶふぁがぁぉぉっ!?」


 堪らず吹き飛ぶタンク。しかし魔王少女レオンの攻撃ターンはまだまだ続く。

 レオンの背後で浮いている教科書の一つが真っ赤な光を放ち激しくページを羽ばたかせる。


 すると、


 ——なんという事でしょうか!


 レオンの頭上にとてつもなく巨大な火の玉が現れたではありませんか!


 魔王少女は躊躇なくソレを勇者達に放つ。


「えいっ!」


「「ギャーーーーース!?」」


 ボゥッと燃える勇者達は堪らず海へ飛び込み即死を免れた。


 一部始終をただ、見ているだけのシルクとサイは顔を見合わせて瞳を瞬かせた。


 レオンはランドセルの翼を広げ宙を舞い、信号機ブラザーズを見下すようにして言った。


「もう二度と来ないでよね、それとも、まだわたしと遊びたい?」


 真っ赤な空の光を浴びた魔王少女に恐怖した信号機ブラザーズは乗って来た船に飛び乗り「お、おぼえてやがれー」と小悪党のテンプレ捨て台詞を吐き散らしながら魔界を去った。


「す、凄いですレオン、勇者を倒しました!」


 レオンは振り返って笑顔を見せる。


「にしし、格好よかった〜?」


 しかし、


「……あ、あれ……」


 途端に変身は解除され、麗音の小さな身体は真っ白な砂浜に打ち付けられるのだった。



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