『4』


「いせかい〜……っ!」


「ちょ、ちょっと待って下さいっ!」


「キターーーーーーッ!」


「だから〜! って……え!? 貴女、に、に、人間っ!? ゆ、勇者!?」



 日本の女子小学生を見ては激しく尻餅をついた黒髪三つ編みメイドの小さくも形の良い胸がポヨンと揺れた。お構い無しにズルズルとスカートを引きずり後退あとずさるメイドを呼び止めるように声が響いた。——可愛い幼女のかどのない幼声だ。


「あ、人がいたんだ! ついついコーフンしちゃって、叫んじゃってゴメンね? わたし、陽向麗音ひなたれおん、皆んなは『れおん』って呼ぶよ? えっと、君は……?」


「ひ、ひひぃ……っ!?」


「え? ひひ? 変わった名前だね。あ、そうか、マントヒヒ!」


「い、いやどう考えてもマントヒヒはおかしいでしょ!?」


 思わずツッコミが飛び出しちゃうメイド。

 そんな事は気にせず、麗音はニッコリ笑顔を見せる。いつ見ても眩しい自慢の笑顔は魔界の、——しかも魔王の間でも健在、暗いはずの部屋に光が灯ったかのように場の空気が和む。


 しかしそれも束の間、魔王の間にモヤモヤと闇が立ち込め始める。


「あぁ、殺される殺される殺される殺される……」


 黒髪三つ編みメイドは身体を小さく丸め震えながら何か呪文のようなモノを唱え始めた。そんな彼女の打ち付けたお尻を、淡い光が一瞬包み込む。


「ころさ……れ……あれ、痛みが……消えた?」


 メイドは目を丸くしては自らのお尻に手を当てて首を傾げ、ひとしきり辺りを見回しては麗音に視線を戻した。


 麗音は垂れ目がちな瞳をパチクリ。


「あの……」


 メイドは意を決して麗音に話しかけた。


「なになに〜?」


「はぅぁっ……あの、その、えっと、はぅ……」


「こ、こわがらないで? ほら、笑顔!」


 麗音は再びニッコリ笑い尻餅をついたメイドに手を差し伸べた。メイドから噴き出していた負のオーラは、その眩しさに相殺そうさいされたのか、フワッと蒸発するように消えた。


 光は彼女を包み込むと少し傷んでいたメイド服を見る見る内に綺麗に、それこそ卸したての新品のようにピカピカに変えてしまった。

 その上、周りをフワフワしていた人魂もドス黒い色から紫色の綺麗な光を放つようになる。


 メイドは心底驚いた表情で麗音の小さな手を取りゆっくりと立ち上がった。立ち上がってみると、麗音よりメイドの方が頭一つは背が高い。

 とは言え、普通の女の子くらいの背丈ではあるが、いかんせん麗音は小学三年生、まだまだ成長過程であるからにして。



「あの……貴女は人間、ですか?」


「れおんだよ?」


「いや、そうじゃなくて種族のことですっ!」


「あー、人間の、れおんだよ?」


「きゃっ、きゃひぃっ、や、やっぱり人間じゃないですかぁっ!?」


 メイドはパッと麗音から距離を取るように手押しワゴンの方へ走った。否、飛んだ。

 先程まで地についていた脚が煙のような形状に変化し、宙を浮いた状態で手押しワゴンの後ろに身を隠したのだ。その様は例えるならば、そう、幽霊のようなイメージ。


 ワゴンの後ろで小さくなったメイドの脚が元に戻った。麗音は首を傾げ困ったといった表情を浮かべる。そんな麗音を顔だけひょっこり出した状態で見つめるメイドはガクブルと震えている。


 どうやら、相当人間が怖いのだろう。青ざめた顔色は更に真っ青に変わっていく。


「逃げなくても大丈夫だよ?」


「こ、殺されるっ……うぅっ……!」


 麗音は震えるメイドとの距離を少しずつ詰めていく。まるで野良猫に近付いていく猫好きのように。ゆっくり、一歩ずつ、そしてまた一歩、確実に距離が埋まっていく。


 メイドは観念したのか、冷たい石の床に両手をつき俯いた。そして遂に目の前まで到達した麗音は手押しワゴンの位置をずらした。

 もはや頭一つの距離しか離れていない。


「大丈夫、だから顔を上げて? わたしね、こことは違う世界……えっと地球ちきゅーの日本から来たの。分からないことばかりで正直不安なんだよねー」


 メイドはその優しい声に誘われるように顔を上げ、「違う……世界……?」と首を傾げる。


「うん。だから、まずはお友達が欲しいなって思うの。わたしは陽向麗音、君の名前は?」


「わたくしは……シルク……です」


「シルクちゃんかぁ! 可愛い名前〜! ねぇねぇ、シルクって呼んでもいいかな? あ、わたしのことは好きに呼んでね?」


 黒髪メイドのシルクは差し出された小さな手を再び取り、青ざめた顔を少し赤く染めた。


「……あの……レオン……さん……?」


「れおんでいいよ?」


「えっと……レオン。……レオンは、魔界を滅ぼしに来たんじゃないのですね?」


「あ、ここ魔界なんだ……って、えぇぇっ!!」


 麗音の大声に小さくなるシルク。そんな彼女を横目に麗音は玉座の方にピョコピョコと走って行くとクルッと振り返り『大きく息を吸い込んだ!』


 シルクは吐息ブレスに警戒したのか身構えた。しかし飛び出したのはブレスではなく咆哮ボイスだった。



「まさかの魔界、キターーーー!!」




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