『5』
「魔界、キターーーー!!」
「……あ……」
「キターーーー!!」
「……あ、あの……」
「キタキターーーーーー!!」
再び飛び出した絶叫ボイスに耳を塞ぐ黒髪三つ編みメイドのシルク。
事あるごとに叫びたがる子供がいるが
スッキリした表情の麗音は耳を塞ぎ目を閉じていたシルクの前に帰って来てはクスクスと笑う。
「カッコよかったぁ?」
「いや、お願いだから落ち着いて下さい!」
ツッコミを鋭くせざるを得ないシルクは小さくため息を吐き胸に手を当てて、いつもの落ち着いた口調で子供を諭すように話し出した。
「わたくしは、この魔王の城でメイドをさせていただいてます。今朝も腕をふるって朝食を作ったのですが……まお……」
「わぁ、美味しい!」
「なーに食べちゃってんですかぁっ!!」
登場から数分でキャラ崩壊しつつある自称お
麗音はそれを見て拍手喝さい、とても嬉しそうに「もう一回やってぇ!」と踊り出した。
「や、やりません。というか、狙って出来るものじゃないんですからね?」
「そうなんだ。はむっ……うん、美味しい!」
「ちょっと……そ、それは魔王様と魔王子様の為に作った朝食ですよ!?」
慌てるシルクに麗音は首を傾げた。
「でも、魔王さまも、その王子さまもいないみたいだよ?」
「そ、それは……」
シルクは再び地に膝をついて俯いた。冷たい石の床にポタポタと水滴が落ちる。流石の麗音もこれには慌てて持っていたパンをワゴンに戻した。
パンを食べた事でシルクを泣かせてしまったと思ったのか、少し気まずそうに「食べちゃってごめんね」と彼女の顔を覗き込んだ。
シルクは首を横に振る。
「うっ……いや、そうじゃなくて……うぅ……この……魔界には……もう……いないんです……本当は分かってるんです、朝食を作っても、お掃除をしても……もう誰も帰って来ない事くらい……」
「な、泣かないで、どうしたのシルク?」
「……こ、殺されたんです……皆んな……人間に……ゆ、勇者に殺されてしまったんです。わたくしはメイド。ここ、魔王様のお城で働くのが誇らしかった。とても良くしていただいた……そ、それも全て、人間に壊されてしまったんですよ……」
「……ゆ、ゆーしゃ。それって正義の味方じゃないの?」
「……正義……そんなもの、アイツらにはありませんよ……わたくしは……」
シルクは言葉に詰まり押し黙った。下唇を噛み締めるシルクは何を経験したのか、麗音には知る由もなかった。
麗音は少し考え何か思い付いたのか、頭のお団子をピョコンと揺らしては手を叩く。
「じゃあ、わたしが魔王やる!」
虚をつかれたように瞳を瞬かせるシルク。
「レオンが……魔王様に?」
「うん。ここにしょーかんされたのもきっと何かの縁だよ。それにいつも言われてるんだ。困ってる人は助けてあげなさいって!」
「あの……それじゃぁ……毎日の朝食は食べてくれますか?」
「勿論!」
「シーツも変えていいのですか!?」
「うんっ、いいよ!」
「お着替えや、お風呂でお身体を綺麗にさせてもらっても構いませんかっ!?」
「あ……あれぇ……?」
「眠る時はトントンしても、い、い、いいんですよねぇっ!?」
「……あ、なんかわかんないけど……お風呂とかは自分で出来るから、い、いいかな、うん」
生き甲斐を失っていたメイド、シルクの表情はどこか明るくも見える。陽向麗音、彼女に微かな希望を抱いてしまったのかも知れない。
しかしそれも束の間、すぐに表情は暗くなる。
「で、でも……やっぱり駄目ですよ。魔王になるには魔界に住む住人に認められる必要があるのです。だから人間には無理ですよ。ションボリ」
シルクはフニャッと萎びてしまった。すると麗音は笑顔で答え、シルクの手を取る。
「それなら仲間を捜しにいこう?」
「え。でも……わたくしは、お城から出た事もなくて……実は生まれた時からずっとお城の中で生活していた訳で、その、外の事は魔王子様のお話でしか知らなくて……だから、その……」
「それなら尚更のことだよ。皆んなに魔王になる許可をもらいに行こう?」
「あ、待ってくださいっ!?」
麗音は残っていた食べかけのパンを一口で食べると大層な観音扉から廊下へと出て行った。
シルクは浮遊モードに移行してその後を追うように廊下へ出ては意気揚々と歩く麗音の後ろにピタリと張り付いた。
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