『3』


【とある魔界の魔王城、魔王の間】



 コツコツ、コツコツ、石の床を叩く音。

 コツコツ、コツコツ、一定のリズムでソレは魔王の間へと近付いていく。


 やがてその音は止み大きな観音扉が不快な金属音を鳴らした。扉の先には一人の少女の姿。

 少女は青と白のシンプルなメイド服に身を包んでいるが、服の外からも分かるくらいに華奢な体つきをしている。

 それに顔色も良くない。もとい、寧ろ悪い。


「魔王様、朝食をお持ちしました。ペコリ」


 蚊の鳴くようなか細い声で丁寧にお辞儀をしたメイドは豪華な食事を乗せた手押しワゴンを一生懸命に押し、玉座から少し離れた場所にある大きなテーブルに並べていく。

 二人分の朝食を、寸分狂わぬ間隔で綺麗に。


 フランスパンのような大きなパンを切り分けたモノや、ゆで卵、スープといったザ・朝食は食欲をそそる甘美な香りを漂わせる。


「……はう」


 メイドはキョロキョロと辺りを見回しては、ため息を一つ漏らしテーブルの上に並んだ豪華な朝食を見つめる。


 暫く見つめた後、並べた朝食をワゴンに戻しては玉座をじっと見る。そしてもう一つ大きなため息をついては魔王の間を後にしようと手押しワゴンを押して立派な観音扉へ足を運んだ。


 その時、


 室内にイカズチでも落ちたかのような轟音が鳴り響く。

 メイドは細い身体をビクンと弾ませつまずきそうになったのを何とか持ちこたえ、音のした方、——つまり玉座の方に視線をやる。


「な、なんでしょうか……あ、あれは……」


 彼女の視界に映るもの。

 目も眩むような閃光を放つ大層な魔方陣が玉座の真上に展開されている。メイドは恐る恐る、その下へと歩くと覗き込むように魔方陣ソレを見上げた。


「……はて?」


 メイドは首を傾げた。

 と、その時魔方陣から声が、——否、絶叫が聞こえてくる。絶叫ソレは凄い勢いで近付いてくる。メイドは大きな瞳を瞬かせキュッと小さくなった。


 本能的に危険を察知したメイドは咄嗟に後退あとずさり息をのみ謎の現象に恐怖したように表情を歪める。


「……ゴクリ」


 そして次の瞬間、


 蒼白い肌の華奢なメイドの丁寧に編み込まれた三つ編みポニーテールがフワッとなびくと同時に何かが魔方陣から吐き出された。


 ガムを地面に吐きつけるが如く乱暴に吐き出された小さき者は、目をつむりたくなるような強烈な顔面ダイブで地面に落下。そのままコロコロと転がってはピョンと跳ね、綺麗に玉座に収まった。


 残念ながら、逆さまで。


「……いったぁ〜……い……」


 逆さまで玉座に収まった小さき者は器用にひっくり返る。


 栗色の髪に垂れ目がちな瞳、白いシャツの上から黒いチュニックワンピと、至ってシンプルに着飾った少女の頭には大きなお団子が二つ。


 吐き出されたのは通学中、魔方陣に吸い込まれた陽向麗音ひなたれおん小学三年生JS3だった。


 麗音は目の前の黒髪三つ編みメイドに気付いたのかまだあどけない感じの残る大きな瞳を瞬かせる。

 そして立ち上がり、『大きく息を吸い込んだ!』


 咄嗟にメイドは身構える。


 しかし、当然の事ながら日本の女子小学生JS吐息ブレスを吐く訳もなく、代わりに飛び出したのは強烈な咆哮ボイスだった。



「いせかい、キターーーー!!」


「……あ……」


「キターー!!」


「……あ……」


「キターーーーッ!!」


「……あの……」


「いせかい〜……」


「あ、あのっ……ちょっと待って下さいっ!」



 メイドのか細い声が魔王の間に響き渡り、そのまま開いた扉から廊下にまでこだまする。

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